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【狂言小唄】『笑いの呪文』(超絶誤訳・音声変換)原作:ヴェリミール・フレーブニコフ

  我が国は西側陣営なので、ロシアの情報はなかなか入ってこない。いや、「敵側」のフィルターがかったものばかり、という印象だ。大昔、成人祝いに『ドストエフスキー全集』を古書で買おうとしたほどのロシア文学ファンである小生は、そこで、ロシア詩でも朗読してみるか、と調べるなかで出会ったのがヴェリミール・フレーブニコフの『笑いの呪文』だった。  しかし、学生時代、せいぜいドイツ語を第二外国語として学んだだけの小生には、ロシア語の音読などハードが高過ぎる。それでもアプリ再生で練習を重ねるうちに、「超絶誤訳・音声変換」で読むことを思い付いた。難しいロシア語発音を日本語に当てて、忠実な翻訳ではない、全く別の詩作を試みることにしたのである。折りしもイラン戦争中で、そんな情勢にも触発を受けることとなった。  狂言風に詠んでみた。(謳ってみた)。もともと「笑いの呪文」だけに、狂言が合っていると思った。動画は映像を添えられるので、言葉と絵のコラボが互いの「語られない部分」を補ってくれる。そのギャップが際立つものが出来たと思う。  As our country belongs to the Western bloc, information from Russia is not easily accessible. Or rather, much of what we receive feels filtered through the lens of an “enemy.” As someone who has long been fond of Russian literature—so much so that I once considered buying a second-hand complete works of Fyodor Dostoevsky as a coming-of-age gift—I found myself wondering if I might try reading Russian poetry aloud. It was in that process that I encountered Velimir Khlebnikov’s "Incantation by Laughter."  However, having studie...

(詩)盆の仏





フードコートに
仏がいた
四人掛けテーブルの仕切り側
向かいに孫らしき男の子が
ポケットゲームに夢中
その隣りが空席で
重いリュックを下ろしながら腰掛けると
肥満気味の七十仏が
背凭れに踏ん反り返ったまま
片手で蝿でも払うように
「にいさん、そこ、おる。おる」と
私をしきりに扇ぐ
「にいさん。そこ、おる、おる」ーー
さすがに「退け!」とは言わぬが
迷惑げに振る手がそう命じていて
優しい私は睨み返しつつ立ち上がり
合掌した

折りしも時刻はランチ・タイム
なかなか席が見つからない
窓際のカウンターを探すが
若い母親が隣におねんね中の赤子
その隣にブランケットやぬいぐるみ
食事するのは彼女だけというのに
三人分の椅子を占有
女仏に合掌しつつ奥へ進むと
またもゲーム男児の横が空席
ほっとひと息つきつつ座ると
いきなり彼がゲームから頭を起こすと
鄭重な口調で先客の存在を告げる
さっきの老仏より余程礼儀を弁えていたが

それにしても
公共のスペースで席の確保を訴えるのは
どうにも腑に落ちない
その隣りに黙して座していた
父親か祖父らしきに
聞こえよがしの嫌味を吐きつつ
二人に合掌を返す
悔しさに「南無」なのだ

おう
ラーメン、丼、バーガー、ドーナツ・スタンドに
温和しく立ち並ぶ盆休みの仏らよ
そのお慈悲を内輪にだけとどめるというのは
貴殿らが軽侮する政治家先生同様
偽善ではあるまいか

もっとも
重い荷を背負い席を探す哀れな部外者も
貴殿らと同様の仏なのだと
認めようとなさらぬなら別だが……

【詩】→「No Hell Show」
   →「洗濯おばさん」

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