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【白秋はロックな詩人〜北原白秋「邪宗門秘曲(ロック)」】

  北原白秋、と聞くと、真っ先に童謡のイメージを抱く。しかも、金子みすゞと並んで教科書に載るような実に優等生的名作ばかりで、荒みきった小生には退屈で仕方ない。だから、長い間ノータッチだったのだが、ふと「邪宗門」という言葉に引っかかるところがあり、「青空文庫」を閲覧してみて仰天した。かくもキレキレの白秋にお目にかかるのは、遅まきながら初めてだったのだ。童謡のイメージが見事に粉砕された瞬間だった。と同時に、ロックビートが耳に蘇ってきて、それで朗誦することにした。詩人の若き時は、なぜこうも尖っているのだろう。歳を取り名声や勲章を手にすると、鋭さはなまってしまうのか。政治にしろ芸術にしろ、「みんなに愛される」のは、結局「誰にも愛されない」ことか。「嫌われ者」が理想?  When I hear the name Kitahara Hakushu, the first thing that comes to mind is children’s songs. And not just any children’s songs, but those impeccably “model-student” masterpieces that seem to belong in school textbooks alongside the poems of Kaneko Misuzu. For a jaded fellow like myself, they were simply too wholesome to be interesting.  So for a long time, I left Kitahara completely untouched. But one day, the word Jashūmon somehow caught my attention. I looked it up on Aozora Bunko—and was astonished.  This was the first time, late though it may have been, that I had encountered such a sharp-edged, dazzlingly intense Hakushū. In that moment, my image...

(詩)テセウスなわたし



わたしがやってきた
市民はその奇跡を喜んだ
すっかり沈没したと諦めていたのだ
市民はわたしを永遠に顕彰すべく
早速、修復に着手した
新たな材木が使われ
完成品は美しく輝いた
わたしは風呂上がりのような
爽快感に浸った


わたしの昔を愛する仲間たちは
それを「偽物」と称し
廃棄された木片で
元のわたしを創り直した
朽ちた観は否めぬが
「これこそ本当のわたし」と
旧友たちは歓呼し落涙した

わたしは戸惑った
たちまち違和感に襲われた
確かに新たなわたしは
インスタ映えして人気だったが
懐かしい友らに偽物呼ばわりされると
いい気はしなかった
そして
老いさらばえた二号のほうこそ
本物に見えてきた
わたしはどうすれば
古いほうへ乗り移れるか考えた


仮に乗り移れたとしても
あの朽ち樣から察して
そう長持ちしそうになかった
立派に頑健に再建されているこちらこそ
確かに部品は新品の別物だが
本物そっくりである
いや
むしろ細部まで職人の手によるものゆえ
本物以上に本物
ならば
下手に冒険に出て失敗するより
人気者にとどまっているほうが賢明なのでは……

わたしは
まるでこれ見よがしに並べれらた旧型を横目に
来る日も来る日も
不眠に苛まれている
ああ
誰かわたしを決めてくれ、とーー

 【詩】→「dis」

【参考文献】
※NHKラジオ第一「50分deオーディオブック〜耳から広がる本の世界〜」
第二回「仕事に役立つオーディブック」(7月30日放送)で紹介された
『論理的思考力を鍛える33の思考実験』北村良子著 彩図社 を参考にした


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