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【狂言小唄】『笑いの呪文』(超絶誤訳・音声変換)原作:ヴェリミール・フレーブニコフ

  我が国は西側陣営なので、ロシアの情報はなかなか入ってこない。いや、「敵側」のフィルターがかったものばかり、という印象だ。大昔、成人祝いに『ドストエフスキー全集』を古書で買おうとしたほどのロシア文学ファンである小生は、そこで、ロシア詩でも朗読してみるか、と調べるなかで出会ったのがヴェリミール・フレーブニコフの『笑いの呪文』だった。  しかし、学生時代、せいぜいドイツ語を第二外国語として学んだだけの小生には、ロシア語の音読などハードが高過ぎる。それでもアプリ再生で練習を重ねるうちに、「超絶誤訳・音声変換」で読むことを思い付いた。難しいロシア語発音を日本語に当てて、忠実な翻訳ではない、全く別の詩作を試みることにしたのである。折りしもイラン戦争中で、そんな情勢にも触発を受けることとなった。  狂言風に詠んでみた。(謳ってみた)。もともと「笑いの呪文」だけに、狂言が合っていると思った。動画は映像を添えられるので、言葉と絵のコラボが互いの「語られない部分」を補ってくれる。そのギャップが際立つものが出来たと思う。  As our country belongs to the Western bloc, information from Russia is not easily accessible. Or rather, much of what we receive feels filtered through the lens of an “enemy.” As someone who has long been fond of Russian literature—so much so that I once considered buying a second-hand complete works of Fyodor Dostoevsky as a coming-of-age gift—I found myself wondering if I might try reading Russian poetry aloud. It was in that process that I encountered Velimir Khlebnikov’s "Incantation by Laughter."  However, having studie...

(短編)お告げ ~ひと夏のフシギ

                                                                                                                      

 私はセールスマンだ。守秘義務なので社名は言えない。ただ、通販で買うにはそれ相応の知識や一定の資産を要するので、こうした訪問は、老後資金に懸念を抱いているかたがたにとって、最初こそ不審がられるものの、その名高い社名とネームプレート、そして、真夏の炎天下でも解くことないネクタイにスーツ姿とが真剣さと誠実さを醸すようで、三割のかたがたが玄関を通して下さる。ご自身やお身内のご病気や事故、不意の災害、お孫さんの学費援助……。ただただ出て行くばかりの家計に、安泰な老後など、どなたにもないのが実情なのである。

 さて、その日は午前中、なんの収穫もなく「吉牛」で大盛りを食っていた。ストレスを感じると、自戒している肉が欲しくなるのだ。三人目の孫娘が来年、小学校入学というので、この夏、早々にランドセルをプレゼントしたい。最近はそのランドセルも高いものだと、数万円する。自分に似て優等生に育てられなかった息子への罪滅ぼしに奮発したいところだが、小遣いでは買えそうにない。先日、アクセルとブレーキを踏み間違えて自損事故を起こした妻は大腿骨骨折で入院中だ。とにかく、カネが要る。午後はなんとか一本、契約を取らねば、と食事もそこそこに店を出た。


 そこは分譲住宅街だった。今どきの家はどこも四角い箱型で、なんだか骨壺のようだ。今夏が実父の三回忌だから、縁起でも無いことを思うのか。私はこの年の最高を記録した酷暑の陽射しに灼ける額を拭いつつ、目星をつけた門のボタンを押した。

「はい。どなたでしょうか?」
 女性の返事だ。居留守が多いなか(室内灯が点いていたり、呼び鈴を押した瞬間、消えたりして、それと分かるのだ)、「これは幸先よし」と社名を名乗り、要件を伝えた。
「ちょっと待って」
 ドアが開いた。水色のワンピースが似合う色白の婦人である。その深い襟ぐりに覗く鎖骨の肌は瑞々しく、一見、娘さんかと思って、「お母様は」と口に出した。すると、「早く」といきなり手首を握られ、玄関に引き入れられた。背後でドアが閉まる。
「契約します」
「え?」
「印鑑、どこですか」
「ち、ちょっと待って下さい。まだご説明を」
 見ると、彼女は既に片手に印鑑を摘まんでいて、私の鞄を物色するように首を揺すっている。
「きょう来るってお告げがあったの」
「え? 今なんと」
「今朝、聞いたの。きょう、お昼過ぎにセールスが来る。あなたはその契約をしなくてはならない、って」
「え? やっ、こちらとしては構わないんですが……」
 私は戸惑いつつ、再びご両親は、と訊ねると、色白の美女は一言、「妻です」と答えた。
 長年、営業をやっていると、大抵、家計の主導権は奥様である。お子さんの教材費だろうが、自家用車だろうが、まずは大蔵大臣の顔色を窺う。そこで「うん」と了承されれば成立。だが、この場合は、奥様自らの即決である。それも「お告げ」が理由なのだ。決して、運用法を学び、知り尽くしたといったわけではない。実に、怪しい。
「家計はわたしがやりくりしてますから」
 さあ、と彼女が空いた手をまごついていた私へ差し伸べ、書類を求めてきた。と、思いきや、その手が再度、私の手首を摑み、乱暴に引っ張り上げた。私は慌てて靴を蹴り上げるように脱ぎ、引かれるに任せて応接間らしき部屋の敷居をまたいだ。

 そこから、記憶がぱっさり途切れいている。ただ、「どうも」と深々とお辞儀して胸の谷間を覗かす姿だけは瞼に鮮明なのだ。その午後、私は上司に許可をもらって自宅へ直帰した。早く一風呂浴びたかったのだ。家に着くと、早速服を脱いで浴室に踏み入った。その瞬間、息を呑んだ。

「お告げがあったの」ーー

 季節異常が常態の地球なのだ。その住人だっておかしくならないわけがない。私は頭を振ると、またも上司の番号を表示させた。そう言えば、今夜はビア・ガーデンだった。遠慮されたが、取り返しつかなくなると、大事(こと)である。呼び出しが切れて、賑やかな歓声をバックに野太い声が「どうした」と問うてきた。

「お告げなんです。休みなさいって」
「お告げ? どうかしたか、奥さん」
「いいや。わたしのほうが」
「なに? なんだって?」
「済みません。なんだか熱中症らしくて」
「熱? 夏風邪か?」
 
 大声での説明に疲れて切ってしまった。それから、再び恐る恐る浴室へ向かう。素っ裸の主が廊下を能楽師さながらの摺り足で進む。進みながら、謡曲が趣味のお得意さんに招待されて行った演能会の舞台を思い出す。叶わぬ恋を抱いて逝った女の鎮魂ーー。

 その時だ。浴室で洗面器でも落としたような音がタイルに木霊した。震え上がった瞬間、私は既に光君だった。口が勝手に謡っている。


 恨めしの心やあら恨めし乃心や
 人乃恨みの深くして
 憂き音に泣かせ給ふとも
 生きてこの世にましまさば
 水暗き澤邊の蛍乃影よりも
 光君とぞ契らんーー

【引用文献】世阿弥作 謡曲『葵の上』
【写真提供】「爪先を水で冷やす女性」acworksさんによる写真ACからの写真


【短編詩】「不死のひと」(その1)


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