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注目

【白秋はロックな詩人〜北原白秋「邪宗門秘曲(ロック)」】

  北原白秋、と聞くと、真っ先に童謡のイメージを抱く。しかも、金子みすゞと並んで教科書に載るような実に優等生的名作ばかりで、荒みきった小生には退屈で仕方ない。だから、長い間ノータッチだったのだが、ふと「邪宗門」という言葉に引っかかるところがあり、「青空文庫」を閲覧してみて仰天した。かくもキレキレの白秋にお目にかかるのは、遅まきながら初めてだったのだ。童謡のイメージが見事に粉砕された瞬間だった。と同時に、ロックビートが耳に蘇ってきて、それで朗誦することにした。詩人の若き時は、なぜこうも尖っているのだろう。歳を取り名声や勲章を手にすると、鋭さはなまってしまうのか。政治にしろ芸術にしろ、「みんなに愛される」のは、結局「誰にも愛されない」ことか。「嫌われ者」が理想?  When I hear the name Kitahara Hakushu, the first thing that comes to mind is children’s songs. And not just any children’s songs, but those impeccably “model-student” masterpieces that seem to belong in school textbooks alongside the poems of Kaneko Misuzu. For a jaded fellow like myself, they were simply too wholesome to be interesting.  So for a long time, I left Kitahara completely untouched. But one day, the word Jashūmon somehow caught my attention. I looked it up on Aozora Bunko—and was astonished.  This was the first time, late though it may have been, that I had encountered such a sharp-edged, dazzlingly intense Hakushū. In that moment, my image...

【遠距離の愛のごときの不在かな】プロデューサーとすれ違い続きーー。

 今、このブログを祈るような思いで書いている。

というのも

今月2日にプロデューサーから電話をもらっていたのを

先週土曜の夜、つまり十日以上経って気づいたのだ。

それで翌朝、慌てて電話を入れるが、応答なし。

翌日も応答なし。

それもそのはず、第一報から二週間経って今更、「仕事」もなかろう。

私は謝罪メールを送った。

しかも、厚かましく先月末の日英朗読動画「祇園精舎」を添付して。

すると、だ。

昨日、水曜の午後に彼から第二報が着いていた。

それを、私としたことが

スマホを部屋に置いたまま台所でまずい飯を作り

戻ってそれを掻き込んだ後

すぐ動画作りを始め

夕方は月末の朗読スラムに向けてちょっと稽古し

風呂に入り

詩友の誕生日にラップメッセージなんぞを送って寝たのだ。

気づいたのは、その翌朝という有様。

詫びの言葉を用意して昼前に電話して通じず、

コールバックを待つものの梨の礫ーー。

それが一昨日と昨日のことである。


彼の第二報から二日後の本日。

正午が近づいているが、電話なし。

こちらから二度目は遠慮している。

もう天に任せるしかない!

そんな心境である。

すれ違いーー。

あるいは、

深き縁???


大きな仕事の予感と自分勝手に解釈し

今度は新作でも挨拶がわりに送信するか?


 遠距離の愛のごときの不在かな

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