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【狂言小唄】『笑いの呪文』(超絶誤訳・音声変換)原作:ヴェリミール・フレーブニコフ

  我が国は西側陣営なので、ロシアの情報はなかなか入ってこない。いや、「敵側」のフィルターがかったものばかり、という印象だ。大昔、成人祝いに『ドストエフスキー全集』を古書で買おうとしたほどのロシア文学ファンである小生は、そこで、ロシア詩でも朗読してみるか、と調べるなかで出会ったのがヴェリミール・フレーブニコフの『笑いの呪文』だった。  しかし、学生時代、せいぜいドイツ語を第二外国語として学んだだけの小生には、ロシア語の音読などハードが高過ぎる。それでもアプリ再生で練習を重ねるうちに、「超絶誤訳・音声変換」で読むことを思い付いた。難しいロシア語発音を日本語に当てて、忠実な翻訳ではない、全く別の詩作を試みることにしたのである。折りしもイラン戦争中で、そんな情勢にも触発を受けることとなった。  狂言風に詠んでみた。(謳ってみた)。もともと「笑いの呪文」だけに、狂言が合っていると思った。動画は映像を添えられるので、言葉と絵のコラボが互いの「語られない部分」を補ってくれる。そのギャップが際立つものが出来たと思う。  As our country belongs to the Western bloc, information from Russia is not easily accessible. Or rather, much of what we receive feels filtered through the lens of an “enemy.” As someone who has long been fond of Russian literature—so much so that I once considered buying a second-hand complete works of Fyodor Dostoevsky as a coming-of-age gift—I found myself wondering if I might try reading Russian poetry aloud. It was in that process that I encountered Velimir Khlebnikov’s "Incantation by Laughter."  However, having studie...

【足掻いても所詮枠外 ニューヨリ感】〜Nuyorican Poetry Cafe Online Open Micにキャンセル待ちで参加して

本日22日の午前10時。
ニューヨークでは21日の午後9時。
アレン・ギンズバーグが
「THE MOST INTEGRATED PLACE ON THE PLANET」と絶賛したらしい
THE NUYORICAN POETS CAFE 木曜恒例の
zoomによるOnline Open Micにキャンセル待ちで参加した。
読めるのは25人。
残り10人の35人が一堂に会する。

私は33番目。
その前がポエトリースラムの長老。
私の後が二年連続日本代表の金字塔を誇る女王。
先週、ご両人がエントリーされたのをツイッターで拝見。
闘争心を刺激され無謀にも挑む決意をした。
いつもの「動画コラボ」で、だ。
これならNuyoricanにも受けるだろう、と
ユーチューブ・デビュー作「船が来た」を英訳し
ビデオの改作に着手。
日本語版があるので、三日ほどで完成させ
稽古してきた。

エントリーは開催の二日前。
13時間の時差を考慮に入れ
日が新たまるや即ページに行くが
なかなかそれらしきボタンが現れない。
夜9時だから、それから数えて48時間かーーと
こちらでは水曜の10時前ほどから攻勢にかかる。
ちょっと離れた後に再度開くと、ようやくそれらしきボタン。
「先着順だ」と勇んで必要事項を入力すると、
領収のメールがすぐに来た。

さあ、後は本番に向けて練習、と
動画に修正を加えつつ読みの稽古。
出場リストの公表は開催の24時間前、とサイトにあるから
その日が来るとエントリー同様、その有りかを必死で探す
が、一向に表示なし。
領収のメールは来たが
出演として受領されたのか心配になる。
問い合わせしようかと思うも
申し込みページを見ると
まだ枠があるのか
二日前を過ぎても募集しているーー
ということは、まだ満杯に至ってないのだろう、などと
あれこれ案じていると
前日の夕方にようやく「ソールドアウト」。

それからがまた長かった。
さあ、リストの公表だ、と待機するが
待てど暮らせど現れぬ。
とうとう前日、そして当日になるが
その夜も発表なし。
日本と違って呑気なものだ、
いや
売り切れが押したから手間取っているのか。。。
などとハラハラしていると
当日の朝、5時過ぎにメールが届く。
開催5時間前だ。
添付を開いて愕然。
申し込み直後の入力だったにもかかわらず
キャンセル待ち8人の33。

そこで悟ったのだ。
ああ。これは先着順でもなんでもなく
「国外」を一括りに後回ししたのだな、と。
とりわけ「非英語圏」を、と。
人種の坩堝NYでも、こんなことがあるのか。
何が「オープン」だ、と。
バラけているのならまだしも、
日本人3名が一括されて枠外ーー。
すっかりテンションが下がり
動画を公開した。
コメントが即、付いたのが唯一の慰めだった。

オンラインに参加はした。
が、
正直、他の発表者の、MCとの楽しげな会話や詩を聴き取れたかというと
恥ずかしながら、そうでない。
疎外感と屈辱感。
三日間寝不足で臨み
仮に読めたとしても
「箔」は付こうが、
そんなテイタラクでは「中身空っぽのピーマン」ではないか。
「楽しみましょう」という案内があったが
まさに、そうで、
ここは「読んでサヨナラ」というより
彼、彼女らの言葉を分かち合う場と痛感。
「英語スピーチコンテスト」ではあるまいし
「発表」のみにこだわる功名心が稚拙でメメしいーー
と思い知らされた。
(と同時に、「ガイコク」
とりわけ欧米にへえこらの卑屈な島国根性も?)
厚い言葉の壁。
だから
枠外もやむを得ぬーーという思いさえ
終わった今になって湧いてもきている。

先述したが
英語詩のアップに即コメントが来た。
実は、ポーの「大鴉」の原文読みを考えていた時でもあった。
「お箔」目的ではなく
「我が内なる衝動」をこれからは重んじるべきではないか。
これほどの心身に亘る疲弊を思えば
所詮、井の中の蛙のごとき「裸の王様(姫様)」でしかない名声喝采など
いかほどのものか。(烏賊ほど価値なし!)
半ばキョトンと座っているしかなかった二時間は
そういう意味で有意義だった。

 足掻いても所詮枠外 ニューヨリ感

    (この日のために作り、稽古した『Here Comes The Ship』)





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