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【クリスマスは孔雀の聖歌で〜W.B.イェイツ「孔雀」】A poetry chant for Christmas Eve. “The Peacock” by W. B. Yeats

  本日はクリスマスイブ。七面鳥がふさわしいところだが、父親の県展入選の写真を使わせてもらうことにして、孔雀でお許しください。真っ白の羽の孔雀だが、動画制作中、彩色の誘惑に駆られ、ヴィジュアルに傾いてしまった。まあ、クリスマスでもあるし、美を意識してのこととご勘弁ください。 戦後80年も、残すところ一週間。戦闘機の代わりに「熊」が襲来する一年だった。来年こそ、まともな年になりますように。。。    動画の詩「孔雀」は、W .B.イエーツ、中期の詩集「レスポンシビリティーズ」所収。世俗的な富より美こそ、と謳う。グレゴリオ聖歌などとても歌えないが、たまには美しいものを、と原文の美麗さに乗って口ずさんだもの。お気に召していただければ幸い。  Today is Christmas Eve.  A turkey would be more appropriate, perhaps, but instead I have borrowed a photograph by my father—one that was once selected for a prefectural exhibition—and ask your forgiveness for presenting a peacock instead. This peacock, with its pure white feathers, was meant to remain unadorned. Yet during the process of making the video, I found myself tempted by color, and the work gradually leaned toward the visual. Since it is Christmas, I hope you will allow this indulgence as an offering to beauty.  Eighty years since the end of the war, with only one week left in the year. It has been a year in which “bears,” rather than fighter jets, came ru...

(夢)黙秘。。。

親族の会食(らしい)。
豪華ホテル
あるいは
宴会場に親戚縁者が集まっている
といっても
具体的な顔が分からない
明らかなのは
父親だけだ

私は父を嫌悪している
同居など御免だ

様々な事情で
同居を余儀なくされている

毎日が闘いである
顔を合わさぬための
同じ屋根の下で暮らしながら
顔を合わさぬというのは
東大合格より難しい
ストレスも甚大だ
そのせいだろう
私は
父親に聞こえよがしに
近くの母か誰かに
「死にたい、死にたい」と
大声で喚いている
父は耳が遠くなっているが
その喚きは確実に聞こえているはずで
しかし
生来の争いを嫌う性格からか
怒りを表に出さぬ我慢強さからか
ダンマリを決め込んでいる

そうなのだ
彼は昔から
何も言わぬ男であった
そうした我が身を害しかねぬ表現は
一切取らなかった
そのくせ
「いい大学 いい会社」などと
我が子にはうるさかった
自分は仕事から帰ると
テレビ漬けで
本など一冊として読まなかったくせに
(退職して既に二十年近くなっても
 それは変わらぬ。。。)

肉体労務だったお陰だろう
脳味噌は別として
体は頑丈に出来ている
だから
ヒートショックでたびたび寝込む私より
下手すると長生きするかも知れない
いや
しそうだ
そんな悔しさ・歯痒さもあって
つい愚痴を聞かせたのである
軽侮と憎悪を込めて。。。

そうして
すぐそばに父を感じながら会場を出ると
場面は「空港」に変わっていた
しかも
搭乗口を私だけが間違えたらしく
あたふたしている
行き先など分からない
とにかく
そのフライトを逃すと
とんでもないことになるのは承知していて
何かの刑罰でも食らったかのように
泣きそうになりつつ
ゲート付近を走り回っているのだ。。。

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