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注目

【白秋はロックな詩人〜北原白秋「邪宗門秘曲(ロック)」】

  北原白秋、と聞くと、真っ先に童謡のイメージを抱く。しかも、金子みすゞと並んで教科書に載るような実に優等生的名作ばかりで、荒みきった小生には退屈で仕方ない。だから、長い間ノータッチだったのだが、ふと「邪宗門」という言葉に引っかかるところがあり、「青空文庫」を閲覧してみて仰天した。かくもキレキレの白秋にお目にかかるのは、遅まきながら初めてだったのだ。童謡のイメージが見事に粉砕された瞬間だった。と同時に、ロックビートが耳に蘇ってきて、それで朗誦することにした。詩人の若き時は、なぜこうも尖っているのだろう。歳を取り名声や勲章を手にすると、鋭さはなまってしまうのか。政治にしろ芸術にしろ、「みんなに愛される」のは、結局「誰にも愛されない」ことか。「嫌われ者」が理想?  When I hear the name Kitahara Hakushu, the first thing that comes to mind is children’s songs. And not just any children’s songs, but those impeccably “model-student” masterpieces that seem to belong in school textbooks alongside the poems of Kaneko Misuzu. For a jaded fellow like myself, they were simply too wholesome to be interesting.  So for a long time, I left Kitahara completely untouched. But one day, the word Jashūmon somehow caught my attention. I looked it up on Aozora Bunko—and was astonished.  This was the first time, late though it may have been, that I had encountered such a sharp-edged, dazzlingly intense Hakushū. In that moment, my image...

AI(Advertising Intelligence) 〜「広告新民」たちの哀歌

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ああ
疲れる!

なんとか自分を見てもろう、と
必死に投稿、「いいね」を押す。
それは
我がイベントに来てもらうための
「忖度」。
持ちつ持たれつ、なんだろうが
ほとほと嫌気がさしてきた。

くだらない駄弁。
虚しい主張。
蘊蓄と「リア充」のひけらかしーー。

絶対に
自分を貶めることなど書きやしない。
みんな
「俺が、俺が」
「あたしが、あたしが」の
王さま、姫さま!
Everybody wants to be a Hello! だ。
 
Advertising Intelligence  略してAI。
 広告新民。
「広告 を纏った知的?存在。「1(70)億総 SNS」の現代、如何に「いい値」を得るか自己宣伝に余念ない。承認欲求盛んで忖度に長ける」


「謙虚」が得意な印象の日本人でも
ホントは「自分ファースト」だったりする。。。
いや
その「謙虚」は実は見せかけなのだろう。
「いい人」に見られるための演技
「いい値」を得るための演技。

もう疲れた!
反吐が出る!

言い尽くせぬ(自他ともへの)苛立ち、鬱憤をご覧あれ!


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