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注目

【八代亜紀・舟唄に学ぶ〜装い新たに】『山茶花(さざんか)』

 大昔、太鼓と共に歌ったことのある詩を再現。  尺八、アコギ、ストリングスで演出。編集には、八代亜紀の「舟唄」を何度も聞いて学ぶ。 編曲の力は絶大。まさに生殺与奪、その詩、曲を生かすも殺すもアレンジ次第と痛感させられた。  I recreated a poem I once performed long ago, singing it alongside taiko drums. This time I arranged it with shakuhachi, acoustic guitar, and strings. While editing, I studied by listening to Yashiro Aki’s “Funauta” over and over. (Yashiro Aki is the late Japanese Singer.)The power of arrangement is immense—truly a matter of life and death. It made me realize, painfully, that whether a poem or song is brought to life or ruined depends on the arrangement.

(日常)自己肯定感ってこと。。。

「自己肯定感」
ないね。
「肯定」?
「シニタイ、シニタイ」と心で呟きつつ
メシ食ってるようなオナニストだ。
そんなものあるか!

「内閣府」が
世界の子供たちの「自己肯定感」比較してる
世界の子どもの「自己肯定感」

昨日から
森山元助役と関西電力のニュースと
ラグビーW杯で国内は二分されているようだが
中二で野球部を辞めて以来
スポーツに全く興味を失った小生は
繰り返される企業癒着にも辟易していて
「勝手にしろ!」という心境
何が「自己肯定感だ!」と
唾棄したくなる
とりわけ
ツイッターに上がってくる
自己宣伝の羅列は
目眩と嘔吐を催す

確かに
上記のサイトから
日本の子どもたちは肯定感が低い
だが、だ
これは小生の勝手な推測だが
SNSなどの自撮りやバカッター合戦などを見るにつけ
実際は
心の中で
「俺様・お姫様」を驕ってるんじゃないか、と察する
「謙虚」は仮面に過ぎず
本音は「あたしの方が上」と他人を蔑む
そのくせ
自分より「上」と目する相手にはへえこら
まさに、今回の電力会社と
「センセイ」と呼ばれていた元助役の関係ではないか

ああ
また他者批判になってしまった
そんな鬱憤を現在
朗読にしようとしている
一銭にもならぬ遊戯ーー
「俺は一体、なにやってんだ」
これがずっと付きまとってる
この靄が消えるのは
マイクの前に立つ時だけだ
(偉そうに!)

結局
「自己肯定感」なんてのは
こうしたモヤモヤが消えることじゃないのか
他人も
そして
自分自身さえ
消えてしまう
その
「こと」にだけ
集中している

待て
それなら青空の下
ゲームに夢中のガキもそうなのか?

またまた悲しくなってきた
どこまで行ってもネガな
小生である(トホホ)

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