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【白秋はロックな詩人〜北原白秋「邪宗門秘曲(ロック)」】

  北原白秋、と聞くと、真っ先に童謡のイメージを抱く。しかも、金子みすゞと並んで教科書に載るような実に優等生的名作ばかりで、荒みきった小生には退屈で仕方ない。だから、長い間ノータッチだったのだが、ふと「邪宗門」という言葉に引っかかるところがあり、「青空文庫」を閲覧してみて仰天した。かくもキレキレの白秋にお目にかかるのは、遅まきながら初めてだったのだ。童謡のイメージが見事に粉砕された瞬間だった。と同時に、ロックビートが耳に蘇ってきて、それで朗誦することにした。詩人の若き時は、なぜこうも尖っているのだろう。歳を取り名声や勲章を手にすると、鋭さはなまってしまうのか。政治にしろ芸術にしろ、「みんなに愛される」のは、結局「誰にも愛されない」ことか。「嫌われ者」が理想?  When I hear the name Kitahara Hakushu, the first thing that comes to mind is children’s songs. And not just any children’s songs, but those impeccably “model-student” masterpieces that seem to belong in school textbooks alongside the poems of Kaneko Misuzu. For a jaded fellow like myself, they were simply too wholesome to be interesting.  So for a long time, I left Kitahara completely untouched. But one day, the word Jashūmon somehow caught my attention. I looked it up on Aozora Bunko—and was astonished.  This was the first time, late though it may have been, that I had encountered such a sharp-edged, dazzlingly intense Hakushū. In that moment, my image...

(書評)エリアーデ「若さなき若さ」(『コッポラの胡蝶の夢』原作)を読む



読了の前
Twitterに
落雷を受けて燃えている幹の動画を見ていた。
裂け目にオレンジ色の炎が燃え続けている。
燃え立つ内臓のようだ。
合成動画でも見ている錯覚を抱いた。

エリアーデの「若さなき若さ」も
落雷を受けて寿命を得るーー
というより、夢想に包まれる。
メタフィクショナルな奇譚。
(『エリアーデ幻想小説全集 3』作品社刊)
その最終章も落雷のシーンが語られる。
さっきPCで見た動画と重なる。
その一致にいささか怖気を覚えつつ
スローな読書が
途中、ポエトリースラムを挟んで
ようやく了る。

読むきっかけは
コッポラが選んだ小説と知ったからだった。
映画は観ていない。
ただ
「胡蝶の夢」のテーマ自体
小生には魅力的だったから
巨匠の目に誘われるように紐解いてみた。

未来を知ることの孤独ーー

戦争だの諍いだのは
ひょっとして
それらを紛らすための
苦し紛れの戯れなのか。
老巨匠の臭覚を働かせてやまぬのが
分かる気がする。
『地獄の黙示録』といい
『ラスト・タンゴ・イン・パリ』といい
悲劇を描かせたら沙翁と並ぶ天才は
憂鬱の王様である。

短編というには重く長い怪作
慰安も癒しもないが
妙にカタルシスを覚える。
「胡蝶の夢」は荘子の説話
エリアーデの主人公は稀代の言語学者ゆえ
当然それを知っていて
落雷に見舞われて以降の「若返り」を
それとなぞらえる。

悠久の歴史と
遠大な宇宙から我が身を鳥瞰すると
「たかが人生」と肩の荷が下りる
それがひょっとして
カタルシスなのかも知れないーー。


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