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注目

【八代亜紀・舟唄に学ぶ〜装い新たに】『山茶花(さざんか)』

 大昔、太鼓と共に歌ったことのある詩を再現。  尺八、アコギ、ストリングスで演出。編集には、八代亜紀の「舟唄」を何度も聞いて学ぶ。 編曲の力は絶大。まさに生殺与奪、その詩、曲を生かすも殺すもアレンジ次第と痛感させられた。  I recreated a poem I once performed long ago, singing it alongside taiko drums. This time I arranged it with shakuhachi, acoustic guitar, and strings. While editing, I studied by listening to Yashiro Aki’s “Funauta” over and over. (Yashiro Aki is the late Japanese Singer.)The power of arrangement is immense—truly a matter of life and death. It made me realize, painfully, that whether a poem or song is brought to life or ruined depends on the arrangement.

(日常)空白状態 〜ランボー『地獄の季節』。。。

今何も浮かんで来ない地獄かな

ブログ開設当初
毎日、みっちりと
読み物としても耐え得るものを書こうと、と
意気込んで始めたのだったが
先週の戯曲をひいひい煩悶しつつ書いてからというもの
精神の空白状態に陥ってしまっている。。。

たま〜に人のブログで
もう何年も更新されていないものなどを見ることがあるが
まさにそれになっている
備忘録になっている(泣)
こんなことならツイッターで充分ではないか
と思ったりする。。。

以前にも書いたと思うが
人の死後
こうしたWeb記事はどうなるのだろう、などと
考える
親戚か知人が削除するのか
運営サイトが自動削除するのか
書き残ったものに
何らかの問題があったりして
その責任を
周辺の誰かが負わされたりするのか。。。
そんな
どうでもいいことばかり考える。。。

ああ
堕ちている
声が聞こえる
POETAQは堕ちた、との声が
いや
それは今に始まった事ではない
小生の黄金期にも
そんな声を心で聞いていた
だから小生はそれを言い訳するように
「朗読詩」などと称したりしていた
読むに足るものではない、と
(この記事同様に)

しかし
「毎日書くこと」という
有難いお言葉を頂いたこともある
「とにかく量(ボリューム)が大事」ともーー
ああ
笑い声が聞こえる
「質だの量だの、甲斐性なしが何をほざくか!」と

ああ
生きるとはなんとつらきものであろうか
ランボー気取りに嘆息してしまった。。。

そうしてまたしても生が始まる! ーーなんと地獄堕ちの刑は永遠に続くものであることか!  ランボー『地獄の季節』宇佐美斉訳(地獄の夜)から

【引用文献】

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