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【白秋はロックな詩人〜北原白秋「邪宗門秘曲(ロック)」】

  北原白秋、と聞くと、真っ先に童謡のイメージを抱く。しかも、金子みすゞと並んで教科書に載るような実に優等生的名作ばかりで、荒みきった小生には退屈で仕方ない。だから、長い間ノータッチだったのだが、ふと「邪宗門」という言葉に引っかかるところがあり、「青空文庫」を閲覧してみて仰天した。かくもキレキレの白秋にお目にかかるのは、遅まきながら初めてだったのだ。童謡のイメージが見事に粉砕された瞬間だった。と同時に、ロックビートが耳に蘇ってきて、それで朗誦することにした。詩人の若き時は、なぜこうも尖っているのだろう。歳を取り名声や勲章を手にすると、鋭さはなまってしまうのか。政治にしろ芸術にしろ、「みんなに愛される」のは、結局「誰にも愛されない」ことか。「嫌われ者」が理想?  When I hear the name Kitahara Hakushu, the first thing that comes to mind is children’s songs. And not just any children’s songs, but those impeccably “model-student” masterpieces that seem to belong in school textbooks alongside the poems of Kaneko Misuzu. For a jaded fellow like myself, they were simply too wholesome to be interesting.  So for a long time, I left Kitahara completely untouched. But one day, the word Jashūmon somehow caught my attention. I looked it up on Aozora Bunko—and was astonished.  This was the first time, late though it may have been, that I had encountered such a sharp-edged, dazzlingly intense Hakushū. In that moment, my image...

(フォト拝句)赤信号

赤信号令和早くも昭和かな


改元から早三月
その麗しき二文字とは裏腹に
この夏
痛ましい事件、問題が連発している
猛暑も手伝って
もはや
五輪に浮き立つ気にもなれぬ
(と言っても、元からスポーツに興味ないが)
つくづく
人間社会というのが嫌になってくる
ああ
本川先生
ナマコになりたい!

温暖化で
そのナマコさえ命の危険に晒されているに違いない
もはや
この地球上に
心身ともに安心して暮らせる場所など
ないのではないか
まさに「娑婆世界」
仏が罪人の住処と称した所以である

明日は台風が接近する
老母と大自然の残酷さを語り合ったばかりだ
地震、津波、竜巻、豪雨・・・
その犠牲者はその都度絶えることないが
それでも自然はお構いなしに来襲する
同情も感傷もない
まるで
そうすることが喜びででもあるように
立て続けに襲い来る

ああ
そう考えると
今日一日を無事に終えられることが
いかに幸福か
しかし
それは同時に
明日も脅威に晒されるという意味で
不幸とも考えられるからたまらない
ああ
本川先生
それでも
ナマコになりたい
ナマコは体自体軽いから
飛ばされても
さほどの衝撃は感じないのではないか
いや
やはり
何かに激突したり
傷ついたりすれば
激痛が走るのは
我々人間と同じか
ならば
ナマコになろうがなるまいが
そう大差ないということではないか
ああ
本川先生
私もそろそろおかしくなってきたようだ
赤信号のようです
私の稼業に
夏休みなどございません
あってなきのようなものです
まさに「人生」そのもの
地球だって
いつか必ず崩壊いたします
永遠ではありません
その兆候が
人類にも顕著に出だしているのでしょうか
異常な暑さとともに
人はムルソーよろしく
狂演をご披露のようです
せめて
私もかつてのごとき二の舞に与せぬよう
自戒をこめて
一句したため
筆を置かせていただきます

   赤信号令和早くも昭和かな POETAQ



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