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【狂言小唄】『笑いの呪文』(超絶誤訳・音声変換)原作:ヴェリミール・フレーブニコフ

  我が国は西側陣営なので、ロシアの情報はなかなか入ってこない。いや、「敵側」のフィルターがかったものばかり、という印象だ。大昔、成人祝いに『ドストエフスキー全集』を古書で買おうとしたほどのロシア文学ファンである小生は、そこで、ロシア詩でも朗読してみるか、と調べるなかで出会ったのがヴェリミール・フレーブニコフの『笑いの呪文』だった。  しかし、学生時代、せいぜいドイツ語を第二外国語として学んだだけの小生には、ロシア語の音読などハードが高過ぎる。それでもアプリ再生で練習を重ねるうちに、「超絶誤訳・音声変換」で読むことを思い付いた。難しいロシア語発音を日本語に当てて、忠実な翻訳ではない、全く別の詩作を試みることにしたのである。折りしもイラン戦争中で、そんな情勢にも触発を受けることとなった。  狂言風に詠んでみた。(謳ってみた)。もともと「笑いの呪文」だけに、狂言が合っていると思った。動画は映像を添えられるので、言葉と絵のコラボが互いの「語られない部分」を補ってくれる。そのギャップが際立つものが出来たと思う。  As our country belongs to the Western bloc, information from Russia is not easily accessible. Or rather, much of what we receive feels filtered through the lens of an “enemy.” As someone who has long been fond of Russian literature—so much so that I once considered buying a second-hand complete works of Fyodor Dostoevsky as a coming-of-age gift—I found myself wondering if I might try reading Russian poetry aloud. It was in that process that I encountered Velimir Khlebnikov’s "Incantation by Laughter."  However, having studie...

短歌講座「ほむほむのふむふむ」vol4 (その1)〜『ラジオ深夜便』7月8日放送分より




一昨日の「サラダ記念日」から昨日の「草紙洗小町」と、短歌テーマが続いている。
その影響からか、今朝の『深夜便』で、「サラダ」で触れた穂村弘出演の対談(しかも歌人・東直子!)を聴き、なんだか歌もチト真摯に(?)学びたくなり、柄にもなく「ほむほむ」を記す気になった。
数回に分けて、その内容を略述する。司会は「深夜便」の山田あきディレクター。



司会 6月の放送ではお二人が初めて会った時、お互い地味な存在だったけどでも、最高の歌を詠む人たち同士ということでパートナーと言うか、絆が生まれてきたっていうところまでお伺いしたいんですが、それが一つ具体的になったのが『回転ドアは、順番に』という共著ですよね。これはどういうきっかけから生まれたんですか。

東 その本を作るという企画以前に、多分、私から言い出したと思うんですけど、電子メールを使い始めた頃で、気軽に言葉を送り合えるので、短歌をお互いに作ってやり取りするっていうのが面白いんじゃないかと思って、「短歌を私が作るからそれを選んで歌を返してくれ」というやりとりをやってたですね。

司会 1990年の後半。

東 後半ぐらいですかね。私と穂村さんの世界って、ちょっと違うんですよね。穂村さんはすごくシャープで都会的で言葉もキラキラしているけど、私はちょっとぼんやりした感じの歌で、選ぶ声もちょっと違うので、穂村さんの歌の中から言葉を頂いて、そこから発想して作ろうと思って、そういう形で言葉を繋ぎあったり、同じ言葉で別の歌を作ったり、イメージを借りてきて別の作品を作ったり、そういう短歌の往還をやってたんですよね。

穂村 東さんが言ってたみたいに、言葉が近すぎない人の方がいいんですよね。僕は東さんと性格も違うけど言葉の質感もだいぶ違うので、そのやり取りをするのが意外な感じがいつもあって、面白かった。我々がやってたのはラブレターじゃなかったんだけど、それを本にするっていうことになった時、ラブレターに見えるように編集したり作り直したり足したりしたんだと思う。二人が言語空間で恋に落ちて、その恋が進んでいってというか、短歌のやり取りの中で物語が見えてくるように作ったんだと思う。

司会 ラブストーリーのほんの一節だけになるかと思うんですが、ちょっとここでご紹介いただければと思うんですが。

穂村 「月を見ながら迷子になったメリーさんの羊を歌う女を連れて」

東 「笑っちゃうくらい天気が良くて、笑っちゃうくらい不味いカレーを食べて、笑っちゃうくらい行くあてがなくて、笑っちゃうくらい初めての道。ねえ、どこにつながってるの? この夜は。永遠の迷子でいたいあかねさす月見バーガー二つください」
 ちょっとラブストーリーなので恥ずかしいところがあるけど。

穂村 確か、書いた時、恋が盛り上がっていくところは割とすんなり書けた記憶があって、一番最後まで書けなかったのが出会いのシーン。初々しい出会いを書きたいんだけど、それが結構難しかった記憶がある。

東 最後までだったっけ。あと、プロポーズのシーンの歌を作るって言われて、すごく苦労してたよね。

穂村 ドラマっぽくなってからは何となく・・・その時、僕、結婚してたんだっけなぁ。

東 してなかったじゃん。2003年に出てるので。

穂村 まだしてなかったね。だから、プロポーズで言われても、というような。

東 多分、経験したことがなかったから。

司会 ぴんとこない、みたいな。

穂村 今読んだところは、恋に落ちてゆくあたりですかね。

東 盛り上がって、二人きりになって、夜を彷徨うみたいなロマンティックなシーンですね。「月を見ながら迷子になった」っていうとこも素敵なんですけど、そこから「月見バーガー」を引き出しような。

穂村 ちょっと現実に手触りがね、「月見バーガー」であるから、そこが実際に彷徨ってる感じをすごく作り出してるようなね。全く架空の都市ではないっていうような感じがあるのかな。

司会 これはのお話が進むにつれてかなりセクシーな場面も出てきたり、こういうのって、お二人が作ってる時に、それまで読むのはちょっと照れくさいみたいな話もありましたけど、作っていて照れくささとかはないんですか。

東 そういう時はもう別人物・架空の人物・自分じゃない人ですよね。

穂村 短歌で「恥ずかしい」って言う人は一定数常にいて、それも分かるんだよね。ウェットなジャンルだし。でも、どっちかと言うと、そうなった時にノリノリになっていくような体質の人が短歌をやるイメージなんだよね。あんまりクールな人いないよね。

東 う〜ん、なんだろうね。まあ、色んなタイプの短歌がありますけど、私も演劇やってましたけど、割と演劇好きな人が多い印象で、小さな舞台があって、そこで何か台詞を言っていう主人公に成り代わって何か言えるって言うか、そういう部分では共通してるものがあるのかなと思ったりするんですけど。ある人物を想定して、その人の心に寄り添う形で言葉が出てくるっていうこともありますね。

司会 確か、先月も短歌とお芝居がちょっと近いっていうお話ありましたけれども、劇的なものっていうのをもともと秘めているのかもしれないですね。

東 そうですね。短いからこそ劇的な場面も詠めるって言うのがあるかなと思っていて。。。

穂村 短歌始めてから知り合う人が、元演劇部だったり、今もやってたりする人が多いことに気がついて、映画好きより演劇好きに妙に会うなって思ったんだよね。

司会 ああ。映画と演劇の違いね。ありますね、きっと。

穂村 だから、どこかには映画好きが集まる別ジャンルがあるんじゃないか、と勝手に思ってるんだけど。『回転ドアは、順番に』っていう本のタイトルを決めようとした時に、僕、「二匹」っていう案を出したのね。「二匹の動物がいる」みたいな逆説的なイメージで、これはいいって思ったら強く強く拒否されて、東さんに「それは絶対イヤ」って言われて。

東 私、覚えてないんだけど。候補があったことさえ。
 
穂村 僕はこれしかないぐらいいいって思ったんだけど、結局、えっ?て驚いて、「これは絶対にイヤです」って言うから、結局、回転ドアって一人ずつ入るように順番に短歌をやり取りしてるから、いいタイトルになったと思うけど、その時の東さんのイヤそうな感じとかはよく覚えてる。

司会 東さんがそこまでイヤがるんなら、しょうがないな、と。

 
  【続き】→「ほむほむのふむふむ」vol.4(その2)

【引用文献】

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