スキップしてメイン コンテンツに移動

注目

【文明の危機〜タゴールの放つ警鐘は今なお、、、】”Crisis in Civilization” — Tagore’s Warning Still Rings Out

  昨日(6月16日付)の新聞に、アメリカ(トランプ大統領)とイランとの停戦合意の文字が躍っていた。同じ面に、サッカー日本代表がオランダと2−2のドローで初戦を終え、日経平均株価が七万円に迫る最高値を更新した、とあった。  インドの詩聖タゴールは死の直前にエッセーを残している。その名も『文明の危機』。 "Crisis in Civilization"(English)       遅まきながら拝読し、いささか驚いた。日本の軍国主義を批判した彼が「日出(いず)る国」に期待を寄せていたようなのだ。長いエッセーなので、エッセンスを抽出するように再構成を試みた。彼の詩集『ギタンジャリ』にならって散文形式にまとめた。東洋人の目から見る西洋文明の危機ーー80年を経た現在もそれは変わっていない気がする。  In yesterday’s newspaper, dated June 16, the words “ceasefire agreement between the United States — President Trump — and Iran” leapt from the page. On the same page, I also saw that Japan’s national football team had opened its campaign with a 2–2 draw against the Netherlands, and that the Nikkei average had reached a new record high, closing in on 70,000.  Shortly before his death, India’s poet-sage Rabindranath Tagore left behind an essay. Its title was "Crisis in Civilization." Belatedly, I read it — and found myself somewhat surprised. Tagore, who had criticized Japan’s militarism, nevertheless seems to have plac...

古賀政男の命日に寄せて




 昨日は芥川の命日だったが、本日7月25日は古賀政男の命日だそうだ。「ラジオ深夜便」の3時台の特集で知った。1978年のきょう、享年74才。彼の詳細は、こちらからどうぞ→「古賀政男」Wikipedia

 古賀政男にまつわる思い出がある。それは私が7、8才だったろうか。音楽好きだった父親(職場の音楽クラブでアルトサックスなんぞを吹いていたらしい)が凝り性というか、コレクション・マニアで、当時はカセットテープを大量に所有していた。幼少の私はそれらが父にとってどれほどの宝であるか知る由もない。だから、なぜか早くもNHKラジオの「基礎英語」を愛聴していたインドア少年は、四角い缶箱に収められていたカセットを、録音防止のツメが折られてなかったのをさいわい、エア・チャック用に全巻使ってしまったのである。埃をかぶった人形ケースに上に置かれていたから、てっきり聴かないものだろう、と勝手に判断したのである。カセットはどれも鉛筆で「古賀政男」と書かれていた。

 が、もちろん、日が経ってから、発覚した。殴られてはしなかったが、叱責を食らった。(殴られるのは、母をクソババー呼ばわりした時だけだった)英語は理解できないはずなのに、なぜかラジオをよく聴いていた。長じて英文を専攻することになるが、喋ることは出来ないから、所詮、似非ものである。ガキの分際で、ひとと違うことがしたかっただけなのかも知れない。

 喋れないが、ネットラジオは「WNYC」というニューヨーク拠点の公共ラジオを夜伽がわりに聴いている。「NewYorker」という雑誌の小説や詩の朗読番組もポッドキャストでたまに聴く。聴くだけで、理解は出来ないが、夜と昼が反対の時刻に、地球の裏側で人が生きていると想像すると、何だか不思議な感覚に包まれる。「自分はなぜ日本人なのだろう」「なぜアメリカで生まれなかったのだろう」…。

 古賀政男から話が逸れてしまった。申し訳ないが、また新たな朗読動画を作り始めていて、それを明後日までに仕上げねばならない。乱筆乱文、お許しを。

 現在、西日本新聞で演劇評論家・梁木靖弘氏が「遠く呼ぶのは誰の声 古賀政男と近代ニッポン」という評論を書かれている。7月2日付けに、軍歌や応援歌を手がけた古関裕而と、泣きのギターの古賀政男との対比が論じられていて興味深かった。勇壮でリズミックな西欧音楽より、たわみ・くねり・破調するところが日本人の心のあり様。ならば、古くはギリシヤに発するデモクラシーなんぞ、極東の「令和」の民にはやはり合わないのではないか、、、などと考えてしまう選挙明けでございます。。。
 

コメント