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注目

【白秋はロックな詩人〜北原白秋「邪宗門秘曲(ロック)」】

  北原白秋、と聞くと、真っ先に童謡のイメージを抱く。しかも、金子みすゞと並んで教科書に載るような実に優等生的名作ばかりで、荒みきった小生には退屈で仕方ない。だから、長い間ノータッチだったのだが、ふと「邪宗門」という言葉に引っかかるところがあり、「青空文庫」を閲覧してみて仰天した。かくもキレキレの白秋にお目にかかるのは、遅まきながら初めてだったのだ。童謡のイメージが見事に粉砕された瞬間だった。と同時に、ロックビートが耳に蘇ってきて、それで朗誦することにした。詩人の若き時は、なぜこうも尖っているのだろう。歳を取り名声や勲章を手にすると、鋭さはなまってしまうのか。政治にしろ芸術にしろ、「みんなに愛される」のは、結局「誰にも愛されない」ことか。「嫌われ者」が理想?  When I hear the name Kitahara Hakushu, the first thing that comes to mind is children’s songs. And not just any children’s songs, but those impeccably “model-student” masterpieces that seem to belong in school textbooks alongside the poems of Kaneko Misuzu. For a jaded fellow like myself, they were simply too wholesome to be interesting.  So for a long time, I left Kitahara completely untouched. But one day, the word Jashūmon somehow caught my attention. I looked it up on Aozora Bunko—and was astonished.  This was the first time, late though it may have been, that I had encountered such a sharp-edged, dazzlingly intense Hakushū. In that moment, my image...

古賀政男の命日に寄せて




 昨日は芥川の命日だったが、本日7月25日は古賀政男の命日だそうだ。「ラジオ深夜便」の3時台の特集で知った。1978年のきょう、享年74才。彼の詳細は、こちらからどうぞ→「古賀政男」Wikipedia

 古賀政男にまつわる思い出がある。それは私が7、8才だったろうか。音楽好きだった父親(職場の音楽クラブでアルトサックスなんぞを吹いていたらしい)が凝り性というか、コレクション・マニアで、当時はカセットテープを大量に所有していた。幼少の私はそれらが父にとってどれほどの宝であるか知る由もない。だから、なぜか早くもNHKラジオの「基礎英語」を愛聴していたインドア少年は、四角い缶箱に収められていたカセットを、録音防止のツメが折られてなかったのをさいわい、エア・チャック用に全巻使ってしまったのである。埃をかぶった人形ケースに上に置かれていたから、てっきり聴かないものだろう、と勝手に判断したのである。カセットはどれも鉛筆で「古賀政男」と書かれていた。

 が、もちろん、日が経ってから、発覚した。殴られてはしなかったが、叱責を食らった。(殴られるのは、母をクソババー呼ばわりした時だけだった)英語は理解できないはずなのに、なぜかラジオをよく聴いていた。長じて英文を専攻することになるが、喋ることは出来ないから、所詮、似非ものである。ガキの分際で、ひとと違うことがしたかっただけなのかも知れない。

 喋れないが、ネットラジオは「WNYC」というニューヨーク拠点の公共ラジオを夜伽がわりに聴いている。「NewYorker」という雑誌の小説や詩の朗読番組もポッドキャストでたまに聴く。聴くだけで、理解は出来ないが、夜と昼が反対の時刻に、地球の裏側で人が生きていると想像すると、何だか不思議な感覚に包まれる。「自分はなぜ日本人なのだろう」「なぜアメリカで生まれなかったのだろう」…。

 古賀政男から話が逸れてしまった。申し訳ないが、また新たな朗読動画を作り始めていて、それを明後日までに仕上げねばならない。乱筆乱文、お許しを。

 現在、西日本新聞で演劇評論家・梁木靖弘氏が「遠く呼ぶのは誰の声 古賀政男と近代ニッポン」という評論を書かれている。7月2日付けに、軍歌や応援歌を手がけた古関裕而と、泣きのギターの古賀政男との対比が論じられていて興味深かった。勇壮でリズミックな西欧音楽より、たわみ・くねり・破調するところが日本人の心のあり様。ならば、古くはギリシヤに発するデモクラシーなんぞ、極東の「令和」の民にはやはり合わないのではないか、、、などと考えてしまう選挙明けでございます。。。
 

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