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注目

【第二次高市内閣発足!】〜オッペケペー、政治の中身は変わるのか??? 【The Second Takaichi Cabinet Takes Office!】 Oppekepe—Will Anything Really Change in Politics?

  昨日・9月17日、第二次高市改造内閣が発表された。そんな折り、明治の政治風刺歌「オッペケペー節」の動画が完成!   「権利幸福きらいな人に、自由湯(とう)をば飲ましたい」ーー  「自由」を薬のように飲ませてしまおう、という痛快な一節である。 さらに、   「うわべの飾りはよいけれど、政治の思想が欠乏だ。」ーー  文明開化で服装や言葉は新しくなっても、中身はどうなのか。その皮肉は、百三十年以上たった今にも妙に響く。政治の顔ぶれが変わり、新しい言葉が並ぶたびに、私たちはまた問う。  さて、中身はどうなのだろう。  今回は、この明治の風刺歌を現代のエレクトロ・ビートに乗せて朗誦した。作詞は、福岡・博多出身の俳優・興行師、川上音二郎(1864–1911)。 エレクトロ朗誦「オッペケペー節」 On September 17, the Second Takaichi Reshuffled Cabinet was announced. And, as it happened, I had just completed a video of the Meiji-era political satire song Oppekepe-bushi . “For those who hate rights and happiness, I’d make them drink a dose of Freedom Tonic.” A wonderfully biting line: give them “freedom” as though it were medicine. And then: “Your outward fashion may be splendid, but your political thought is sadly lacking.” Clothes and language may change with the times, but what about what lies underneath? More than 130 years later, the satire still has a strangely familiar ring. Whenever the faces in politics change and new s...

ブルームズ・デー(6月16日) JAMES JOYCEに寄せて

『Finnegans Wake』by JAMES JOYCE



本稿執筆時
まだアメリカ西海岸辺りは「16日」のようなので
その日に因んだトピックを

ブルームズ・デー


20世紀の文豪の一人ジェイムス・ジョイス
私が敬愛するベケットの師匠である
『ゴドー』を始め
奇怪極まる傑作群を生んで
ノーベル文学賞まで受賞した鬼才の先生だけに
これまたイってる博覧強記
その代表作『ユリシーズ』の主人公・ブルームが
地元ダブリンを放浪する日「6月16日」に因んで
世界各地で祝祭が催されているらしい
私は丸谷才一の訳で読んだが
ジョイスに合わせて文体を章ごとに変えて訳出している
丸谷の腕に感服した覚えがある
「これが意識の流れか」と
分かったようで分からない内容だったが
三冊本を読了したというアリバイの満足だけは残った

さて
写真はその『ユリシーズ』ではなく
ジョイス晩年の傑作と言われる『フィネガンズ・ウェイク』の原書
初めて公に出た小生の短編を送った返礼に
大学院出の友人が送ってくれたものだった
「まともに対峙したら気がフれる」と恐れられている奇書だけに
長い間、ほおっておいたが
数年前、なにを勘違いしたのか
開いて音読までし始めた
永遠とも思われた蟄居が寂しかったのか
昔取った杵柄を思い出したかったのか
とにかく
訳分からぬまま
正誤も確かめることなく
とにかく声に出していた
なんとなく面白いと感じた箇所には朱線を引いた
その幾つかをーー

  Slog slagt and sluaghter! (p.500)

  Leg-before-Wicked lags-behind-Wall where here Mr Whicker whacked a great fall. (p.434)

 Someday duly, oneday truly, twosday newly, till whensday.(p.457)

 Before he fell hill he filled heaven:(p.57)----

挙げるとキリないが、とにかく「おやじギャク」と言ったら叱られるけれども、音で押し切るようなところが何とも爽快なのだ。ベケットが本書裏表紙の書評でこう述べている。

 Here words are not the polite contortions of twentieth-century printer's ink.They are alive.They elbow their way on to the page, and flow and blaze and fade and disappear.
(拙訳:本書の単語群は20世紀のプリント・インクの高尚な歪み(過ち)ではない。それらは生きている。それらはページを押し分けて進み、流れ、燃え立ち、色褪せ、消え去るーー)

『フィネガンズ・ウェイク』にストーリーは一応ある。主人公が一旦転落死するものの蘇生するまでの夢うつつの物語は、まさに「(無)意識の流れ」と言えるし、カウンセリングの「自動記述」を思わせる。だから、いちいちの単語の正確さを求めるのはさして重要でなくなる。むしろ、一連の流れ、なぜそういう発想になるのか、が奥底に迫る道。それを、外国語で試みようとするのだから、やっぱり立ち入るべきではなかったのか。。。

最後に、ちょっと気になる一節を書き留める。

 After having sat your poetries and you know what happens when chine throws over jupan.(p.435)

元号に初めて「日本古来の書から採用」との触れ込みだが、冷静に考えてみると、平仮名・片仮名のおおもとは「漢字」だろうーーなどと、大陸挟んだ反対の島国出身者がちょっと嫌味を呟いているのでは、と勘ぐってしまう。私はそれに対してこう反論する。「ジョイス先生。あなたの造語だって、ドイツ語のパクリじゃないですか。私の持ってるペンギン・ブック版の23ページ」

           Perkodhuskurunbarggruauyagokgorlayorgromgremmitghundhurthrumathunaradidillifaititillibumullunukkunun!

もはや「自国ファースト」で生きてゆけない世界です。。。

【引用文献】『Finnegans Wake』James Joyce , PENGUIN BOOKS (With an Introduction by John Bishop)










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