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【知恵こそ武器】ロック歌舞伎「勧進帳」  Wisdom Is the True Weapon — Rock Kabuki “Kanjinchō”

  かつて、戦争資料館の館長から聞いたエピソード。招集された市民が軍服を手渡され、着てみると小さく、交換を申し出ると「お前が軍服に合わせろ!」と怒鳴られたそうだ。  役所、役人というのはそういうものだろう。「勧進帳」(能「安宅」)は、そんな「人を肩に嵌めようとする権力」の計略を知恵で乗り切ろうとする痛快劇である。しかし、その機転と裁量は、ただ一日ぼうっと過ごして育まれるものではなかろう。権力の前で怯え、平伏し、従ってしまうのが常。だからこそ、弁慶のような智勇を兼ね備えた人物に、時代を超えた憧れを抱くのかも知れない。現代で言えば、大谷翔平だろうか。。。   「弁天小僧 菊之助」  に続くロック歌舞伎の第二弾。「大恩教主の秋の月」の季節ではないが、選挙が近いともあって、制作した「勧進帳」のように、投票用紙に自分の意見を書けば無効になる。「指定の名を」というのが権力側の意向。そこに民意が反映されるのか、、、いつもの疑問である。  Once, I heard an episode from the director of a war museum. Citizens who had been drafted were handed military uniforms. When one man tried his on, it was too small. He asked for a different size—and was shouted at: “Adjust yourself to the uniform!”  That, in essence, is how bureaucracies and officials tend to work.  Kanjinchō (from the Noh play Ataka ) is a rousing tale about overcoming exactly this kind of power—power that tries to force people to fit its mold—through wit and ingenuity. But such presence of mind and judgment are not cultivated by drifting through one’...

ホイットマン生誕200周年とギンズバーグ


本年はアメリカ・ルネサンスの代表詩人
ウォルト・ホイットマンの生誕200周年らしいが
我が国の業界ではどうなんだろう
「けっ。あんなのは海の向こうの
遠い昔の、散文じゃないか。
その証拠に、映画『いまを生きる』で
詩人というより死人扱いされてたろう」ーー
って感じで
だーれも取り扱わない
(ただし、ホイットマン協会以外は?)

かくいう私も
遠い昔に『草の葉』を日本語で読んだ程度

最近は、ビート詩人のアレン・ギンズバーグ を読んでいて
折しも
Poetry Fundationという
シカゴに本部がある世界的詩の団体のツイッターでも
アレンが突如、紹介されていて
しかもそれは
ホイットマンについて述べた詩でもあり
生誕年とのシンクロにも驚いて
(詩の力なんだろうな)
持ってた翻訳でも紐解いてみた

Supermarket in California by Allen Ginsberg
 

『カリフォルニアのスーパーマーケットで』

満月を眺めながら、自意識過剰な頭痛を感じ街路樹の下の歩道を歩いている間、ウォル 
 ト・ホイットマンよ、今夜僕はなにを考え他のでしょう。
僕の空腹による疲労、そしてイメジを買いながら、僕はネオンの果物のスーパーマーケッ
 トに入った。あなたの一覧表を夢見ながらら!
どんな桃と どんな半影! 一家総出の夜の買物! 夫たちでいっぱいの通路! ワニ梨
 のような妻君たちと トマトのような赤ん坊たち! ーーそして、ガルシア・ロルカ
 あなたはスイカのそばでなにをしていたのですか?

僕にはあなたが見えた、ウォルト・ホイットマンよ、子どももなくさびしく老いて、あく
 せくと冷蔵庫の肉をほじくりながら食品売場の少年を見ているのが。
あなたがいちいちたずねているのが僕にはきこえる、ポーク・チョップをなくしちまった
 のはだれか? バナナはいくらだ? きみは僕の天使かい?
僕はぴかぴか光るカンヅメの棚を出たり入ったりしながら あなたについて歩く そして
 僕の空想の中で店の探偵に尾行されている。
僕たちは大またに歩く 開け放しの通路を通り孤独な空想の中でチョウセンアザミの味を
 みたり あらゆる冷凍食品を味わう、勘定場を通りはしない。

どこへ行くのですか、ウォルト・ホイットマンよ? 一時間すればドアがしまる。あなた
 の髭は今夜どの方向を指すのですか?
(僕はあなたの本にさわり、スーパーマーケットの僕たちのオデッセイを夢見、そしてお
 かしさを感ずる)
僕たちはひと晩中さびしい街を歩くのですか? 木々は影を深くし、家々のあかりは消え
 僕たちはふたりともさびしくなる。
失われた愛のアメリカを夢見ながらあてもなく歩きまわるのですか ドライブウェイの青
 い自動車を通りすぎ、僕たちの静まりかえった小屋に向ってかえるのですか?
あゝ、親愛なる父よ、灰色の髭、さびしい勇気の師匠、三途の川の渡し守りカロンが彼の
 渡し舟を棹さすのをやめて あなたがけむる川岸に立ち 冥土の忘れ河の水に消えてゆ
 く舟を見送ったとき そこにはどんなアメリカがあったのですか?
                     バークレー・1955

(引用文献 『ギンズバーグ 詩集 増補改訂版』諏訪優訳編 思潮社)



さあ、令和でますます平和的な(が、実はツンデレな?)詩人諸氏よ。思潮社さんからの詩集だから、無視するわけにはゆくまい! 
終盤にもアレンがホイットマンを「師匠」と呼んでいるように、『吠える』を代表とする彼の詩は、まさに『草の葉』である。韻だの韜晦な言い回しなどありはしない。これを原文で朗読すれば分かるが、在るのはビートとヒートである。が、その暑苦しさとは裏腹な寂しさ。。。なんだか、焦りだったり空虚を埋めるように、彼はマシンガンのごとく書いては吠える。卑俗で攻撃的で寂寞な咆哮ーー彼も、「Dead Poet」と揶揄されてやまぬ民衆詩人の弟子たる使命を悲壮かつ勇壮に生き続けていたのかも知れない。

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