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注目

【白秋はロックな詩人〜北原白秋「邪宗門秘曲(ロック)」】

  北原白秋、と聞くと、真っ先に童謡のイメージを抱く。しかも、金子みすゞと並んで教科書に載るような実に優等生的名作ばかりで、荒みきった小生には退屈で仕方ない。だから、長い間ノータッチだったのだが、ふと「邪宗門」という言葉に引っかかるところがあり、「青空文庫」を閲覧してみて仰天した。かくもキレキレの白秋にお目にかかるのは、遅まきながら初めてだったのだ。童謡のイメージが見事に粉砕された瞬間だった。と同時に、ロックビートが耳に蘇ってきて、それで朗誦することにした。詩人の若き時は、なぜこうも尖っているのだろう。歳を取り名声や勲章を手にすると、鋭さはなまってしまうのか。政治にしろ芸術にしろ、「みんなに愛される」のは、結局「誰にも愛されない」ことか。「嫌われ者」が理想?  When I hear the name Kitahara Hakushu, the first thing that comes to mind is children’s songs. And not just any children’s songs, but those impeccably “model-student” masterpieces that seem to belong in school textbooks alongside the poems of Kaneko Misuzu. For a jaded fellow like myself, they were simply too wholesome to be interesting.  So for a long time, I left Kitahara completely untouched. But one day, the word Jashūmon somehow caught my attention. I looked it up on Aozora Bunko—and was astonished.  This was the first time, late though it may have been, that I had encountered such a sharp-edged, dazzlingly intense Hakushū. In that moment, my image...
時の記念日(自作動画「船が来た」より )

あれは映画『アメリカン・ビューティー』のオープニングだったと記憶する
1999年、第72回アカデミー賞で作品賞を受賞した悲しくもグロテスクな怪作
冒頭、ケビン・スペーシー演じる冴えない中年サラリーマンが
憂鬱な口調で独りごちる一節

「今日という日は、残りの人生の最初の一日」ーー

だからって、映画の人物のように好き勝手やってもいいってわけじゃないけれど
夜(というより、私の場合は夕刻!)、枕に頭を沈めるとき
全身に鈍重な疲労感を覚えると
もう「いいね」だの「本の出版」だの、
かの怪作の「テーマ」だった「幸福な家庭」だの
どーでもよくなり
ただ、この倦怠の暗雲が消え去って
五月の晴天のごとく爽快な心身に戻ってくれさえすれば充分という
無欲な修行僧の心境になる
もっとも
そういう体調であっても自己顕示欲と功名心燻るさもしい魂は
とてもダライ・ラマなどにはなれそうにないが。。。

今日は健診の結果が出る日だった
数値はいずれもさして問題ない、とのことだった
厄年に見立てが出た「慢性疲労」と同じ状況である
あの時も、全ての数値に異状は見られなかった
担当医は首をひねり、心療内科を勧めた
軽い抗うつの薬も処方された
が、薬で治るものではなかった
私はネットや図書館で慢性疲労の専門医の著作を読み漁った
今や故人となられている甲田光雄先生の本だった
彼は「1日2食と運動」を提唱していた
私は早速、実践してみた
それまで「食っちゃ寝」の無為徒食で膨れていた腹と頬を瞬く間に凹み
痩せたものの
文字通り、体も心も軽くなった
十分も歩けなかったが、90分を平気で速歩可能な体に引き締まった
しかし
そんなストイックな生活は一年ともたなかった
ちょこちょことつまみ食いをした
2食に、半食ほどの夕餉が加わった
それでも、かつてのような固太りにまでは戻らず
騙し騙し今日まで来ていたが
それが祟ったのか
二、三年前から疲れ易い体質になってきた
メンタル的にもしんどさがとみに感じられる
おまけに、Webへ再始動を敢行
いささか背伸びの感は否めないが
乗り掛かった船をそう易々と降りるわけにはいかないし
降りたくはない
そんな気概で動画を作り始めた
その初めての作品『船が来た』の中間部ーー

 船が来た
 こんなに早く
 どうしたと言うのだろう
 船が来ることは分かっていた
 しかし
 こんなに早く来ようとは
 夢には思わなかった
 一体、私は
 何を持って行けばーー

今日は「時の記念日」
最先端の病院は
まるで「ブレードランナー」の未来都市のごとく
総ガラス張りでピカピカに光っていた
どこにも
死の匂いなど感じられない
まるで
それこそが最大の敵のごとく
医者たちは汗水を迸らせて施療を行なう
身内は「とにかく生きていて」とばかりに
何本ものチューブの体を撫でさする
私が本当に本当に酷い倦怠のため
息も上がるほどの最悪な床で思うことは
「永遠の安らぎ」である
が、皮肉なことに
朝は必ずやってくる
起きねばならない
働く
パソコンを起動させる
SNSを開く
キーを打つ
いや
打たされる
ツイートしながら
あのサラリーマンの呟きは消えている

「今日という日は、残りの人生の最初の1日」ーー

ああ
こうしてつらつらと書いているうちに(読んでいるうちに?)
もう時間が過ぎてしまった
お互い貴重な時間である
(と、言われたことがある。せっかく会ってあげたのに、と。。。)
今日は「時の記念日」
一年に一回は
そんなことを顧みても悪くはない気がする



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