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注目

【白秋はロックな詩人〜北原白秋「邪宗門秘曲(ロック)」】

  北原白秋、と聞くと、真っ先に童謡のイメージを抱く。しかも、金子みすゞと並んで教科書に載るような実に優等生的名作ばかりで、荒みきった小生には退屈で仕方ない。だから、長い間ノータッチだったのだが、ふと「邪宗門」という言葉に引っかかるところがあり、「青空文庫」を閲覧してみて仰天した。かくもキレキレの白秋にお目にかかるのは、遅まきながら初めてだったのだ。童謡のイメージが見事に粉砕された瞬間だった。と同時に、ロックビートが耳に蘇ってきて、それで朗誦することにした。詩人の若き時は、なぜこうも尖っているのだろう。歳を取り名声や勲章を手にすると、鋭さはなまってしまうのか。政治にしろ芸術にしろ、「みんなに愛される」のは、結局「誰にも愛されない」ことか。「嫌われ者」が理想?  When I hear the name Kitahara Hakushu, the first thing that comes to mind is children’s songs. And not just any children’s songs, but those impeccably “model-student” masterpieces that seem to belong in school textbooks alongside the poems of Kaneko Misuzu. For a jaded fellow like myself, they were simply too wholesome to be interesting.  So for a long time, I left Kitahara completely untouched. But one day, the word Jashūmon somehow caught my attention. I looked it up on Aozora Bunko—and was astonished.  This was the first time, late though it may have been, that I had encountered such a sharp-edged, dazzlingly intense Hakushū. In that moment, my image...

詩「輝きの森」


澄んだ空気がことばだった
静かで優しいささやきなのだ
うるさくもない
疲れもしない
人とは随分ちがう

夏枯れの葉を踏む音が
傷痍兵のように疲れた僕の挨拶だ
「おう。久し振り。相変わらずだな」
ずさっ、ずさっ、と
能楽師さながらの摺り足が呟く
背はくの字に屈んでる
そこへ
暖かな陽射しと野鳥の囀りが降りそそぐ

不思議だ
僅か十分の散策が
僕に元気を取り戻させた

光と命ーー

これ以上、なにを望もう
喝采や褒賞や愛を欲しがることの
なんと苦しく虚しいことよ
「負け惜しみ」と笑う者は笑うがいい

森は晴れの日も雨の日も
泰然と輝いているーー

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