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【知恵こそ武器】ロック歌舞伎「勧進帳」  Wisdom Is the True Weapon — Rock Kabuki “Kanjinchō”

  かつて、戦争資料館の館長から聞いたエピソード。招集された市民が軍服を手渡され、着てみると小さく、交換を申し出ると「お前が軍服に合わせろ!」と怒鳴られたそうだ。  役所、役人というのはそういうものだろう。「勧進帳」(能「安宅」)は、そんな「人を肩に嵌めようとする権力」の計略を知恵で乗り切ろうとする痛快劇である。しかし、その機転と裁量は、ただ一日ぼうっと過ごして育まれるものではなかろう。権力の前で怯え、平伏し、従ってしまうのが常。だからこそ、弁慶のような智勇を兼ね備えた人物に、時代を超えた憧れを抱くのかも知れない。現代で言えば、大谷翔平だろうか。。。   「弁天小僧 菊之助」  に続くロック歌舞伎の第二弾。「大恩教主の秋の月」の季節ではないが、選挙が近いともあって、制作した「勧進帳」のように、投票用紙に自分の意見を書けば無効になる。「指定の名を」というのが権力側の意向。そこに民意が反映されるのか、、、いつもの疑問である。  Once, I heard an episode from the director of a war museum. Citizens who had been drafted were handed military uniforms. When one man tried his on, it was too small. He asked for a different size—and was shouted at: “Adjust yourself to the uniform!”  That, in essence, is how bureaucracies and officials tend to work.  Kanjinchō (from the Noh play Ataka ) is a rousing tale about overcoming exactly this kind of power—power that tries to force people to fit its mold—through wit and ingenuity. But such presence of mind and judgment are not cultivated by drifting through one’...

自分というものが分からなくなった。。。


昨夜、疲労困憊の布団でラジオを聞き流していたら、「セーラー服おじさん」なるおっさんがゲスト出演していた。パーソナリティーが「姿をみたいかたは検索して」と言っていた。興味はあったが、見る気はしなかった。ああ、他人はそれぞれ好き勝手をやっているのだ、と眠りに落ちた。

翌朝、思わず検索した。ミニスカートに吐き気を催した。が、素晴らしい、と感心した。この恥も外聞も捨て去った姿は中年の自暴自棄とはいえ、勇者の証しである。ギンズバーグ張りの詩人なんぞ目指している虚栄心旺盛な私など足元にも及ばない。

以前にも書いたが、動画作りであっぷあっぷしている。そう言うと、さぞ名作でもこさえているのかと思われるかも知れぬが、せいぜい中学生の宿題である。中学生の宿題を「登録よろしく」などと強要する私も私だが、それほど「見て見て」の赤ん坊ゆえ、ご容赦頂きたい。そうなのだ。セーラー服おじさんではないが、遠目に見てもらえるだけで、「生きている」と確認出来るのである。

「自分」ーー「自らを分ける」と書く。思えば、自分を見ることなど出来ない。もちろん、鏡で姿は見れる。そして、相当、自己愛過剰な者以外は、「こんなものか」と閉口する。だから、なんとか中身で勝負、と努力する。医者になる、弁護士になる、詩人になる、国会議員に、トランプに。。。

そうして、人は他人から評価されることで我が存在を認める。役に立ってるんだ、生きてていいんだ、みたいな。幾つになっても、基本、「ママ、ママ」と呼んで回る幼児と変わらない。「自分」は単独で成立しない。だから「分ける」のである。分けたところで評価され、評価するのである。。。

それで、ひいひい言いながら奮闘している(自分で言うな!)。一コマ一コマ描いたイラストが読み込めず、肝心なところでブラックアウトし、絶叫。私は一体、何がやりたいのか分からなくなる。セーラー服を着たくなる。あのおじさんのスカートはえらく短かった。すね毛も剃っているようで、すべすべである。

が、彼は自分を失っていない。だから、ラジオに出る。会社に行く。ちゃんと喋れる。「自分の相撲」を取っている。羨ましい。全てを投げ出したい。もう、誰に見られなくても、見せずともよい場所に行きたい。そこはナマコの天国だ。ナマコは詩集も出さないし、YouTubeに投稿もしない。ツイッターにも呟かない。自足している。自足こそ幸福だ。大脳を持つことで、苦悩も重くなった。ああ。人間は米だけでは生きてゆけぬケッタイな生き物。。。

「夢のはなし」を書くべきところを、つい愚痴ってしまった。が、それも内容的に大差ない。高速バスの出入り口に、美人兵士が腕組みして運転手とゴネている。私は乗りたいが、乗れない。。。そういう夢だった。進捗しない、ということである。が、それが却って、幸いなのかも知れない。易経研究家が言っていたのだ。「飛龍が傲慢になると、急降下する」と。五体に従うことにする。


愚痴のお詫びーー
川端康成の朗読を聴いている(「伊豆の踊子」「雪国」 NHK聴き逃し。期限あり)。名文である。詩である。夜伽には勿体無い。せめてもの、慰め。。。

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