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【狂言小唄】『笑いの呪文』(超絶誤訳・音声変換)原作:ヴェリミール・フレーブニコフ

  我が国は西側陣営なので、ロシアの情報はなかなか入ってこない。いや、「敵側」のフィルターがかったものばかり、という印象だ。大昔、成人祝いに『ドストエフスキー全集』を古書で買おうとしたほどのロシア文学ファンである小生は、そこで、ロシア詩でも朗読してみるか、と調べるなかで出会ったのがヴェリミール・フレーブニコフの『笑いの呪文』だった。  しかし、学生時代、せいぜいドイツ語を第二外国語として学んだだけの小生には、ロシア語の音読などハードが高過ぎる。それでもアプリ再生で練習を重ねるうちに、「超絶誤訳・音声変換」で読むことを思い付いた。難しいロシア語発音を日本語に当てて、忠実な翻訳ではない、全く別の詩作を試みることにしたのである。折りしもイラン戦争中で、そんな情勢にも触発を受けることとなった。  狂言風に詠んでみた。(謳ってみた)。もともと「笑いの呪文」だけに、狂言が合っていると思った。動画は映像を添えられるので、言葉と絵のコラボが互いの「語られない部分」を補ってくれる。そのギャップが際立つものが出来たと思う。  As our country belongs to the Western bloc, information from Russia is not easily accessible. Or rather, much of what we receive feels filtered through the lens of an “enemy.” As someone who has long been fond of Russian literature—so much so that I once considered buying a second-hand complete works of Fyodor Dostoevsky as a coming-of-age gift—I found myself wondering if I might try reading Russian poetry aloud. It was in that process that I encountered Velimir Khlebnikov’s "Incantation by Laughter."  However, having studie...

夢のはなし03 セクハラ演出家


夢のはなし03 「セクハラ演出家」


場所は校舎の屋上広場。と言っても、我々四人はレッキとした社会人劇団員。間近の公演のための稽古に余念ないのだ。
演出家は30代の青年。主宰ではないので、初顔だ。お互い遠慮があるからか、雰囲気が固い。力み過ぎの指導。不信感が募る。。。
やがて、隣りの女優を責めだした。ああだ、こうだ、と叱責する。それも、馴れ馴れしさを通り越して腕や背を叩きまくるのだ。自分の指導力不足と、我々俳優の不審な眼差しに苛立ってでもいるように。。。
私は我慢ならず、つい彼を怒鳴った。すると、彼はキッと私を睨むなり、ポケットからハンディー・カムを取り出して私にレンズを向けた。そして、ゆっくりとこちらに歩み寄るのだ。私は眉を顰める。なんだ、こいつは。

結局、彼はさっと背を向けると、どこかに姿を消した。雰囲気悪い指導者から解放された我々は戸惑うどころか気楽になって、校舎を見学。廊下に、睫毛と髭の長い老役者の写真が飾ってあり、私はつい見入ってしまう。自分そっくりだ、と。。。

さて、場面は急に本番明けの打ち上げ会場。居酒屋のようなところ。そこに、原作者である美人作家も列席していた(例の演出家は解雇されたのか、欠席)。私は彼女に惚れ込んでいるようだが、そのオーラが強いようで、なかなか相手にされない。会話も許されない。自身喪失。。。
しかし、チャンスは訪れた。宴もたけなわとなり、誰だろう、畳に酔いつぶれていた(それとも、ストレッチ?)彼女の足首を掴んで廊下へ引きずり出す無頼漢がいて、その瞬間、彼女が私の名を叫んだ。私は奮い立ち、彼女を救い起こすーー。

夢はそこで終わった。なんだか、蛇の生殺しの心境だったが、切ない甘さの目覚めだった。

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