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注目

【クリスマスは孔雀の聖歌で〜W.B.イェイツ「孔雀」】A poetry chant for Christmas Eve. “The Peacock” by W. B. Yeats

  本日はクリスマスイブ。七面鳥がふさわしいところだが、父親の県展入選の写真を使わせてもらうことにして、孔雀でお許しください。真っ白の羽の孔雀だが、動画制作中、彩色の誘惑に駆られ、ヴィジュアルに傾いてしまった。まあ、クリスマスでもあるし、美を意識してのこととご勘弁ください。 戦後80年も、残すところ一週間。戦闘機の代わりに「熊」が襲来する一年だった。来年こそ、まともな年になりますように。。。    動画の詩「孔雀」は、W .B.イエーツ、中期の詩集「レスポンシビリティーズ」所収。世俗的な富より美こそ、と謳う。グレゴリオ聖歌などとても歌えないが、たまには美しいものを、と原文の美麗さに乗って口ずさんだもの。お気に召していただければ幸い。  Today is Christmas Eve.  A turkey would be more appropriate, perhaps, but instead I have borrowed a photograph by my father—one that was once selected for a prefectural exhibition—and ask your forgiveness for presenting a peacock instead. This peacock, with its pure white feathers, was meant to remain unadorned. Yet during the process of making the video, I found myself tempted by color, and the work gradually leaned toward the visual. Since it is Christmas, I hope you will allow this indulgence as an offering to beauty.  Eighty years since the end of the war, with only one week left in the year. It has been a year in which “bears,” rather than fighter jets, came ru...

花の日に





4月8日は花の日、とのこと。

朗読動画の編集作業。遅々として進まず。

いや。つまずいているということは、進んでいる証拠、、、と自分を慰めつつ努めるのみ。


昨日のヴァルザー、小野正嗣の続き。
「自分が世の中で成功するかもしれないと考えると、ぼくはゾッとする」、そうフランツ・モーア(シラーの『群盗』の登場人物)の台詞を書き換えながらヴァルザーは言う。彼の主人公たちはみんな、この恐怖を共有している。けれどもなぜ? 世の中に対する嫌悪感、あるいは倫理的怨恨(ルサンチマン)や激情(パトス)などからでは全然なく、全く享楽主義(エピキュリアン)的理由から。彼らは自分自身を味わいたいのだ」(ベンヤミン・コレクション2 ちくま学術文庫)

世間的評判などでなく、自分自身が楽しい・幸せでありたいーー幸せは他者の目が決めるのではなく、自分自身なのだ、と。
この辺り、「地獄とは他人の目」と言ったサルトルにも通じる気がする。
確かに、ヴァルザーの『散歩』を読んでいると、とても他人を楽しますために書いているとは思えない。むしろ、自分のために書いているような。でも、それこそが幸福なのだな、と。

実は、きょう、知人のかたのご葬儀があった。色々、思うこところ有り。
花の日。誕生日の花は「レンゲソウ」。花言葉が「私の苦しみを和らげる」(NHK「ラジオ深夜便」より)
確かに(また言った)、花を見ると、ホッとする。そんな年齢になったのか、、、と新品の学生服に追い越されながら思った。

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