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【梅雨時とポストコロナ?】萩原朔太郎「ばくてりやの世界」をジャズ朗唱🎤

  W杯リーグ戦で善戦した日本だが、国内は地震、台風で大荒れ。おまけに、テレビ、新聞、折り込み広告は、さまざまな予防接種をタレントを使って呼びかけている。コロナワクチンによる被害甚大であるにもかかわらず。  スポーツその他の祭りごとで重大事から目を逸らされることを警戒せねばならない。朔太郎曰く   ばくてりやがおよいでゐる。   あるものは風景の中心に。  おそるべし、細菌と詩人! Japan fought well in the World Cup group stage, yet here at home the country is being battered by earthquakes and typhoons. On top of that, television, newspapers, and advertising inserts are all calling on people to receive various vaccinations, using celebrities to promote them—despite the enormous harm caused by the COVID vaccines. We must remain alert to the danger of being distracted from serious matters by sports and other public spectacles. As Sakutaro Hagiwara wrote: “bacteria are swimming.” “Some are in the center of a landscape.” Beware—the bacteria, and the poet!

歯とソクラテス(歯科治療中に思うこと)

有権者の半分も足を運ばぬお祭りが去るも、吾輩の歯科治療はまだまだ続いている。
左上、奥から二番目。明細書の「算定した診療報酬の項目の名称」に「根管貼薬処置(3根)」とある。これが4回も続いているのだ。つまり、それほど病根が深いらしい。(なんだか、私の宿業のよう。。。)

寝心地のよい診療椅子で大口を開き、削られたり挿されたり塗られたりしながら思うこと。それは、「たかが歯一本、痛むだけで、こんなに苦しまさせられるのか」ということ。歯の大きさは臼歯でも1センチあるかなきか。それが蝕まれ、疼くだけで、生活困難に陥る。ほっといたら、黴菌が全身に回って命まで危うくする。目に見えぬウィルスに、その数千・数万・数億倍も大きな人間がやられる。「大きいことは良いことだ」が聞いて呆れる。重要なのはボリュームではなく中身なのだ!

さて、二番目に思うのが、職業について。こうして朝から夕方遅くまで他人の歯を治療する先生は偉いなぁ。お医者さんもそうだ。病気の百貨店だけに、つくづく思う(まあ、最近は患者よりパソコンに喋る先生がたが多いが。。。)
しかし、である。そのお医者さん、また、ポスター貼りっぱなしの「先生」、大学教授、評論家、国際ボランティアにも当たるタレントさん、などなどの「偉いなぁ」と思うかたがたも、ご飯は食べる。そのご飯、端的に言えば「お米」「野菜」「お肉」を作ってる農家さんのほうがもっと偉いのでは。そして、吾輩のごとく、愚にもつかぬ創作を性懲りも無くやっている存在は、米・野菜も作れなければ、歯一本も治せやしない。「生きるべきか・死ぬべきか」と記者的質問をされると、答えは明らか。いや。文学や映画やアートによって勇気や癒しを得ている人もいるだろう。生きる活力になっている人もいるだろう。そう考えると、誰が偉い、誰が偉くない、といった問題ではなかろう。そんな、職業で人を判断すること自体、傲慢なのではないか。ソクラテスから叱られそうである。「私は働いていない。「金銭を稼ぐ」という意味での労働のとこだ。だが、私は私の使命(ミッション)に従ってアテネの青年たちに『無知の知』を促しているゆえ、偉いのである」とーー。

そんなこんなで、気づいたら「お疲れさま」と衛生士のお姉さんに声掛けられた。まさか、「歯医者でソクラテス」など吾輩くらいだろう。ちょっとした治療でも力んでしまい、ぐったりと会計をソファで待っていると、窓外に歯ブラシが!

何事も、「これ」と思い込んだら、一途(いちず)な吾輩なのである。。。

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