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【悲憤のシェイクスピア〜Sonnet 66をジャズで朗唱】 Indignant Shakespeare — Reciting Sonnet 66 in Jazz

  全てに疲れ切って……  400年前も現在も変わらぬ世情。加えて、酷暑(摂氏40℃)に迫る暑さがアパシーを増幅する。こうなると、もはや怒る気は失せ、気休めに吹き付ける微風に身を任せるように軽快なジャズ朗唱でも試みるか、と作ったのが、今回の「ジャズ・シェイクスピア ソネット66」。ご視聴頂ければ幸いです。 “Tir’d with all these...” The world, it seems, has changed little over the past four hundred years. And now, with the scorching heat approaching 40°C, even apathy grows heavier. At such a point, one no longer feels much like getting angry. Instead, as if surrendering oneself to a faint breeze blowing only for comfort, I found myself trying a light jazz recitation. That is how this piece, Jazz Shakespeare: Sonnet 66 , came into being. I hope you will enjoy it.

紫陽花


湿らせてくれたのは姪っ子だった
ほうっておいて欲しかったが
役人よりマシ、と
お任せした
想い人が恋しかった

トンネルを抜けると
曇天だった
道端には蓮ではなく
紫陽花だ
ここも梅雨かと
密集した小花たちを覗き込む

塾講師
明太子売り
社協職員
鉄工員・・・

私の小人だった
私たちはそれぞれの制服を着て
せっせと働いていた
(働かされていた)
怒鳴られ
鞭打たれ
目に余る光景は
反吐を催す万華鏡だった

ふと
花の一つに病床の私を見つけた
痩せさらばえた私は
(自らそう望んでの身だった)
幾つものチューブに繋がれ
息も絶え絶えだった
だらしなく開いた口の端から
涎が垂れていたが
キスでもするように口を尖らせ
何かを訴えている様子
小花はさすがに小さくて
私一人だけだったが
明らかに
姪っ子への遺言らしかった
私は
トンネルの中で
その一句を失念していて
何を言わんとしているのか
恥ずかしさとともに
興味があった
せいぜい
想い人の名でも呼んでいるのに違いない
我ながら女々しい奴だと舌打ちしつつ
その小花に耳を寄せる
病人の弱々しい声がした

「ほ、ほ、ほん……」

思い出した
あの世での私は
物書きを志し
ブログだのツイートだの
愚にもつかぬ駄文を書き連ねていた
アルバイトの傍ら
原稿書きに孤軍奮闘するも
頼りの両親に相次ぎ先立たれると
誇りだけ高い無才の未来なんぞ
知れている
その後は記さずとも察しがつこう
不仲だった弟の娘が
飛行機で派遣されたのである

弟から兄の夢を聞かされていたかどうかは
さだかでない
が、いずれにしろ
急に、しかも「本」とだけ言われたところで
思いが伝わろうはずもなかった

私はトンネルに差しかかる前
宇宙ゴミとともに
言葉の破片がキラキラと闇に煌めくのを
夢のように眺めていたことを思い出した
その
削除したらしいツイート群に絡まって
私の
箸にも棒にもかからなかった文章が
蛇の抜け殻よろしく揺れ泳いでいるのにも
気づいた
そんなモヤシのごときエクリチュールが
ひとかどの読み物と認められようはずもない

私は必死にそれらを量産していたのだ
そして
それらを恥とも思わず
本にしてくれ、などと姪っ子に頼んでいた
それほど私は
「何者か」になりたかったのだ
名札が
履歴が
賞賛が
そして
とりわけ想い人の唇が
狂おしいほど欲しかったのだ

鼻腔が痺れてきた
目頭が熱い
雫が口を開けた病人に滴る

もういいだろう
いや
もういいことにする
だって
散歩にまで
名刺を持ち歩きたくない
もっとも
誇るべき肩書きはおろか
「居士」の名さえ
ロクに言えないのだから

これからは
短冊に恋歌でも詠みながら
過ごすことにする……










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