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【二百年前の強き日本で候】本日2月18日「異国船打払令」発令日(文政八年 1825年)/What Guts! “The Edict to Repel Foreign Ships”(1825)

 ちょうど二百年前の今日、1825年の2月18日、 文政の「異国船打払令」、いわゆる「無二念打払令」が発令された。 その強きな姿勢に、初めて正式文書を読んだ私はいささか驚いたと同時に、逞しさを覚えた。 現代日本と「何たる違いだ!」と。  尤も、この後から情勢は急変、開国へと向かうわけだが、「いうべきことは言う」といった当時の幕府のポリシーと心意気が頼もしくうかがえる。まさに、武士道である。  ああ、しかし、今やそれも遠い過去となってしまったのか。。。  一縷の希望?を託したシャッフル・ビート(朗読)をお楽しみください。 Exactly two hundred years ago today, on February 18, 1825, the Edict to Repel Foreign Ships, also known as the No-Second-Thoughts Repel Order, was issued during the Bunsei era. When I read the official document for the first time, I was both surprised by its resolute stance and impressed by its boldness. I couldn’t help but think, "How different this is from Japan today!" Of course, the situation changed rapidly after this, eventually leading to the opening of the country. However, the shogunate’s policy and spirit at that time — one of “saying what must be said” — left me feeling reassured and inspired. This was truly the essence of Bushido. And yet... has all of that become nothing more than a distant memory? Please...

傘がなけりゃ、濡れて帰りなさい!(「傘の日」に寄せて)



「傘がないなら、濡れて帰りんしゃい!」
それが夕立で雨宿りしていた中二の僕に
原付で傘を届けに現れた母の怒号だった
給食調理の仕事を終え
自らもカッパで濡れ帰っていた
まだ30代の男勝りは
甘ったれの長子の足元に傘を放って去った
歩くと二十分はかかるから
傘無しではズブ濡れである
それをカバン片手に帰れというのは些か酷だが
その頃には雨脚も緩んでいて
カバンを笠代わりに歩けなくもなかった
無ければ無いなりに臨機応変な対応をすればいい
それを
内申書ばかり気にする臆病な点取り虫は
母親を侍従ででもあるように電話で呼びつけたのである
ロクでも無い息子だった。。。

先月、日本古典が専門のロバート・キャンベル東大名誉教授が
井上陽水の歌詞50篇を英訳出版して話題を呼んでいる
(『井上陽水英訳詞集』講談社)

陽水の歌の世界は、改めて字面を読むと
ちょっと訳が分からない、と作家・藤野可織も
ラジオで言っていた、と記憶する
それは彼女だけに限らず、当の翻訳者・キャンベル教授も
相当難儀だったらしい
とりわけ
名曲『傘がない』は一筋縄ではなかったようで
唯一、陽水自身が重要なフレーズを訳したとのこと
(その辺り、こちらに詳しい→名曲『傘がない』を英訳するとどうなる?村上隆則

『傘がない』発表年は1972年。既に学生運動の熱は冷め、時代はシラケ・ムード。そんな季節に、ひと頃はヘルメットにゲバ棒をふるって体制批判していたのが、いざ卒業となると、しれっと大企業なんぞに入社してる。「傘の下」に入っちゃってる。皮肉とも取れるこのシニカルな歌は当時大ヒットはしなかったものの、その後の音楽家たちに数多カバーされるほどの不朽と名高い。リアルタイムの世代ではない小生も、そのインパクトある歌詞は幾つになっても胸を突く。なにせ、自殺者が増えようと傘がないほうが問題、なんて言うのだから。でも、これって、隣りで今にも死にそうなほど息切れしてるのに、スマホに夢中ーーの現代にも通じる気がするのだが。。。

種明かしになるが、前述の記事で陽水は「傘」を特定の人間の所有物としなかった。あらゆる人々の物だ、と。歌はそうしたあらゆる人々に必要なものが「ない」。そう訳すべき、と自ら訂正したそうなのだ。

これって、現代のことじゃない? 
そう考えると、キャンベル先生の訳業の現代的価値は大きくない?

陽水歌は訳が分からん、などと利いた風なことを言ってしまったが、そんなことはない。年齢やキャリアから言って、シナトラ張りに争いもまつりごともない甘ったるいラブソングをディナーショーなんぞで歌ったところで文句が出るようなこともないステータスではある。が、それをよしとせず、相変わらず不条理を時には皮肉に、時には慈しみを以ってギターを抱え歌う九州男児の大先輩を私は大いに敬愛する。「傘がないなら、濡れて帰れ」と怒鳴った、今なお口も達者な老母とともにーー。







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