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注目

【白秋はロックな詩人〜北原白秋「邪宗門秘曲(ロック)」】

  北原白秋、と聞くと、真っ先に童謡のイメージを抱く。しかも、金子みすゞと並んで教科書に載るような実に優等生的名作ばかりで、荒みきった小生には退屈で仕方ない。だから、長い間ノータッチだったのだが、ふと「邪宗門」という言葉に引っかかるところがあり、「青空文庫」を閲覧してみて仰天した。かくもキレキレの白秋にお目にかかるのは、遅まきながら初めてだったのだ。童謡のイメージが見事に粉砕された瞬間だった。と同時に、ロックビートが耳に蘇ってきて、それで朗誦することにした。詩人の若き時は、なぜこうも尖っているのだろう。歳を取り名声や勲章を手にすると、鋭さはなまってしまうのか。政治にしろ芸術にしろ、「みんなに愛される」のは、結局「誰にも愛されない」ことか。「嫌われ者」が理想?  When I hear the name Kitahara Hakushu, the first thing that comes to mind is children’s songs. And not just any children’s songs, but those impeccably “model-student” masterpieces that seem to belong in school textbooks alongside the poems of Kaneko Misuzu. For a jaded fellow like myself, they were simply too wholesome to be interesting.  So for a long time, I left Kitahara completely untouched. But one day, the word Jashūmon somehow caught my attention. I looked it up on Aozora Bunko—and was astonished.  This was the first time, late though it may have been, that I had encountered such a sharp-edged, dazzlingly intense Hakushū. In that moment, my image...

書くということは、命の絶対的肯定(小野正嗣)

買いているとき、何か創っているときが、苦しんのだけど、「生きている」との実感がする。

逆に、何も書いてないとき、何も生み出してないときというのは、楽なようで、つらい。鬱々、苛々してしまう。。。



作家・小野正嗣の「歓待する文学」最終回。テキストは、開講前に書かれたものだから、その最終回、読者からのハガキに答える形での内容は、テキストに記載がないものが多い。その重要な部分、心に残った部分をご紹介ーー。

「つらいとき、苦しいときに本を読む、あるいは言葉を綴る、文章を書く。そのときに、皆さんは生の側に踏みとどまっていると思う」

「困難に遭ったとき、本を読む、言葉を書くというのは救いを求めているんだと思う。他者に呼びかけている。そこにはまだ、人間を信じる気持ちがあると思う」


 

彼はその前に、『変身』で有名なカフカも愛読していたというスイスの散文家ローヴェルト・バルザーについて、それを評したベンヤミンの言葉を通して教えてくれた。


「ペンを手に取るや否や、彼(ヴァルザー)は自暴自棄のとりこになる。彼にはすべてが失われてしまったように思われる。そこで言葉の洪水が堰を切って流れ出すのだが、そのどの文章も、その前の文章を忘れさせるという役目しか持っていないののだ」(『ベンヤミン・コレクション2』ちくま学芸文庫)

 ヴァルザーは、どうやら、晩年は精神療養所で過ごしたらしい。そんな半生の彼にとっても、やはり「書くこと」が生に踏みとどまる道だったのかも、と早速、ヴァルザーの傑作と言われる散文小説「散歩」を読み始めた。(『ローベルト・ヴァルザー作品集 4』鳥影社)

 とにかく、主人公(彼)が街に出て色んな人物に出くわすのだが、これといた筋があるわけでもないのに、妙に先が気になってしまう。先のカフカやヘルマン・ヘッセを始め、名だたる作家に影響を与えたらしい不遇の文豪の言葉は、しかし、場所も時代も離れた島国の、こちらもジリ貧詩人(と自分で言ってどうする!)の胸に確実に響いている。これ、まさに小野正嗣がいったとおりだ。


「書くということは、同時代に生きる人たちに向けてだけではなく、既に亡くなってしまった人たち、そして、これから生まれてくるという意味で、まだ存在していない人たちに向けられた行為でもあると思う」ーー。





詩(まがい)を書き、小説を書き、ときどき朗読する。それで「生」に踏みとどまっている。振り返ってみれば、それだけが一番長く続けられている。
ヘルダーリン、カフカの横にヴァルザーも加わって、私の書棚はヤバい天才たちで春たけなわなのだ!


(制作中の朗読画像)










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